あれはなんだったんだろう

 母は忙しかったり疲れていたから不思議なものを見がちなのかな、と思っていましたが、ある日母が語ったエピソードでそうでないと分かりました。


 母は瀬戸内の山と海に挟まれた小さな集落の出身で、子供の頃は登校するに当たり、まず段々畑の間の農道の坂道を登って大きな道に出て、学校に向かうわけです。帰り道はその逆。暑い日などは汗だくで、ランドセルの重さでバランスを崩さないよう、一歩一歩勢いが付き過ぎないように踏ん張りなながらその坂を下るわけですが、ある日の帰り、途中の大きな石に、女の人が腰かけていた。


 俯き加減で長い髪を前方に垂らし、女の人なのに大股を広げて、どっかと道端の石に座っている。


 さて、その頃の地方の集落なんて一塊り全て親戚みたいなもんで、大人も子供も互いに互いを知っているわけですが、子供の頃の母はまず「誰だろう、あの女の人」と思った。


 近づくとどうも様子がおかしい。

 背中から何本も棒のようなものが出ているし、長い髪は長い髪だけど、頭のてっぺんは剃ったようにはげていて青白い。

 しかも間近に見ればその人物は時代劇で合戦の時にお侍が着るような鎧を着ている。背中から出ているのもどうやら刺さった矢だ。


(時代劇の撮影だ)


 幼い母はそう納得し、近くで時代劇の撮影をしていて、その合間に役者さんが一休みしているのだと思った。


 そのすぐ前を通り過ぎるとき、ペコリとお辞儀をしながら横目でその人の顔を見たけれど、やはり俯いていて微動だにせず、顔は影になってよく見えなかった。


 でもおかしいのよねえ、何年かして思い出したら不思議な感じがして、オゴウの誰に聞いてもそんな時代劇やらなんやらの撮影が近くであったなんて話は誰も知らないし、撮影があったとしてもザンバラ髪の役者さん一人だけが畑の真ん中で休憩してるなんて改めて思えば不自然じゃない?

 あれはなんだったんだろう。



 ……いや。普通にオバケやろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇譚夜話五短冊 木船田ヒロマル @hiromaru712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ