どうしてバナナかわからなかったが、会長が持ってきてくれたバナナをせっかくだからともう3本も食べていた。

「旨いか?」

 丸椅子に座り、表情を変えない会長はいつも通り少し近寄りがたいしどう会話をしていいか言葉に迷う。

「怪我、痛むか?」

「だいぶ良くなりました」

 会長が見舞いに来てくれたのは入院してから5日後のことだったから、傷も治りかけてほとんど痛くなくなっていた。

「そうか」

 しばらく沈黙。話を切り出したのは会長だった。

「あいつ喜んでいたぞ」

「あいつ?」

「お前によくスパーをしてもらっている、ど下手な4回戦ボクサーだよ」

「ああ」

「見舞いに来たんだよな?」

「はい」

「その時に、また試合観に行きたいとか言ったんだって?」

「ええ」

「全く。余計なことを」

「え?」

 またしばらく沈黙。今度は俺が話を切り出す。

「俺は純粋に応援したいなと思って」

「応援?」

「はい。俺はあんな風に夢中になれることないし、あっても追いかけられないし」

「相変わらず弱いな。お前」

「え?」

「あいつ、ああど下手な4回戦ボクサーな。あいつは、ボクシング馬鹿で働かねえし、ジムの会費払えないし、俺がアパートまで貸してやっているんだ」

 会長が舌打ちをする。そして置いてあったバナナを剥いて食べ始める。

「いい加減、引退してくれねえかなと思うんだが、まあそれもお前が言ったことで当分ないな」

「すみません」

「なぜ謝る?」

「いや、とっさに……あの」

「ん?」

「会長はあの人がボクシングするの反対なんですか」

「反対どころか、これ以上やられると迷惑だよ」

「そうですか」

「って、いつも言っているが、あいつはペコペコしながらボクシングしているけどな」

 と、鼻で笑って食べ終わったバナナの皮をゴミ箱に投げ捨てた。会長が笑ったのを見たのは初めてだった。

「そいえば、あの子たち、相変わらず休まず練習来ているぞ」

「黒島たちですか?」

「あの子たち見ていると俺がプロボクサーの時とそっくりだよ」

 まあ俺は上手かったけどな。と会長はさりげなく付け足す。

「ただ、ひたすらボクシングをして、どんなことがあってもボクシングをして。そういう意味ではど下手ボクサーも同じだな」

 会長の話を聞いていて、ある言葉が思い浮かぶ。そして今日はそれを思い切って言葉にしてみた。

「どうしてそんな戦うんですかね?」

 会長は黙っている。

「あ、えっと。黒島たちなんですがヤンキーたちに襲われた時の護身と言っているけど、それだけではない気がするんです」

「そんなの知るかよ」

「え?」

「意味なんかねえんじゃねえの? ただしたいからしているんじゃないのか?」

「あいや、だって、女だし。ヤンキーから身を守る、そんな理由だけであんなに夢中になれるなんて信じられなくて…」

「鬱陶しいなあ。理屈で考えてそんなに面白いか?」

「いや、だって。。。」

「そこが弱いんだよ。勝手に解釈して勝手に卑屈になってさ」

「え…。どうして会長にそんなことわかるんですか?」

「そんなの、リングで戦っている姿を見ればわかるさ」

「…そうですか」

 俺のしたいこと。

「でも、俺、誰も守れないし」

「はあ? 守られているの間違いじゃないのか?」

 やりたいようにやれよ。会長はそう言うと、じゃあなと言って病室を出て行った。その言葉で何か背負っていた余計なものが一気になくなった気がした。

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