⑭
後楽園ホールに入って最初に感じたのは狭い箱とイメージだった。
古くて、薄暗くて、狭くて窓が少ない。ホールの中は客席リングのみで、近距離で試合が見れ、ボクシングだけに集中できる空間だ。
4回戦ボクサーの試合が始まったのは18時を少し過ぎたところだった。客席の空席は目立ち、リングを選手がステッピングする音と、ボクシンググローブが身体に当たる音だけで静かなものだった。そして時々セコンドのトレーナが叫ぶのが聞こえる。
相手のボクサーはリフェンスは甘くなるところがあるが、一発一発のパンチに重みがありそうで、うかつには近づけそうになさそうで、中々前へ踏み込めないでいた。
オフェンスはフェイントを入れるなど工夫が見られ、相手がパンチを出すと目をそむける癖も見られず、相手の攻撃もうまく避けていた。しかし、1分くらい経過すると相手の猛攻を受けて何度となく連打を打ち込まれる。いつの間にかリングを背にして戦っているかと思うと、一方的に打たれる展開へと変わっていた。
レフリーが2人の間に入り試合を止める。カウントが始まる。5カウント数えたところでファイティングポーズを取って試合が再開する。今度はこのままではいけないと思ったのか、一気に踏み込んでパンチを繰り出す。何発か相手に当たりわずかだが後ろへ下がらすことができたが、パンチを打つと同時にクロスカウンターがあごに入り今度はリングに倒れ込んでしまう。
またカウントが始まる。少ない観客からため息と歓声が同時に聞こえる。
もう立てないだろうと思ったが、ふらつきながらも彼は立ち9カウントギリギリでファイテングポーズをとる。
その後は一方的な展開だった。何とか応戦しようとするがダメージは大きくコーナーに詰め寄られて連打を食らう。
あいつなら今の俺を見てどう思うだろうか。
大切な友達1人守れずにボクシングの試合なんか見ている。やはり、俺なんかに友達なんかできる資格なんかなかった。
打たれている4回戦のボクサーは息が上がり何発も強烈なパンチを受けて苦痛で顔が歪んでいた。弱いなら弱いなりにあんなふうに何度も這い上がらずにさっさとKOして寝ていればいい。そうすれば、誰も苦しまないし、自分も苦しまない。
それでも立ち続けるどころか弱々しいがパンチまで相手に返そうとしている。その姿はカッコよく胸を打たれるものがあり俺を釘づけにさせた。
結局、3度目のレフリーストップで試合は中断し、彼の敗北が決まった。
相手が客席に向かって拳を振り上げて喜びを爆発させる中、リングの隅で脱力しながらイスに座り会長に介抱されている。
彼は何のために戦っているのだろう。
またその疑問が頭に浮かぶ。人生は戦いだ。戦いは勝敗が着く。勝つ者もいれば負ける者もいる。俺はもうそんな世界にいたくなかった。あいつのこと、あいつに起きたことを勝敗で考えると怖くて考えたくなくなる。俺は負けでもいいが、あいつのことは誰にも悪く言われたくない。
やはり黒島たちとは距離を置こう。
この人生を戦うことに嫌気がさした。1人で町に来たことを思い出せ。それでいいんだ。それで。自分に言い聞かす。弱い。弱くてもいい。弱いと言われてもいい。それが最善の生き方なんだ。
どうしてだろう。そう強く決意したはずなのに、その決意は間違ってはいないはずなのに、どうしようもなく自分が惨めに思てきて、あの4回戦ボクサーの姿を見ることも苦痛になった。
俺は席を立ってホールから逃げ出すようにホールを後にした。
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