久しぶりにあいつのことを思い出していた。

あいつは何故か男からも女からも色々やられていた。誹謗中傷、低レベルな嫌がらせ、リンチ。当たり前だけど、俺はあいつのことが好きだったからあいつと一緒にいたし、それで俺自身もとばっちりみたいな変なことをされたけれど何も苦にならなかった。

 「へえ。牽制の右ストレートか」

 学校からボクシングジムへ向かう時は、だいたい黒島たちと一緒に向かうのが日課になっていた。

「そう。相手によっていろんなバリエーションンを持っていた方がいいよ」

 もっぱら彼女たちとの会話と言えばボクシングの話が殆どだった。ふつうの女子高生がどういう会話をしているかわからないが、彼女たちは始めたきっかけはどうであれボクシングという個性的な趣味を持っており、それにはまっていることは彼女たちの魅力であると俺は思っていた。

「そういえば黒島は?」

「うん。何か日直でやらないといけないことがるからちょっと遅れて来るって」

 と、森が教えてくれる。そして黒島がいないままボクシングジムへ着いたところで俺もジムで使う靴を教室に忘れたことに気づく。3人には先に練習しておてくれと言って学校へ戻ることになった。

 学校へ戻り下駄箱まで歩いていると、体育館裏の倉庫に明かりが点いているのが見えた。倉庫には体育祭以外滅多に生徒も教師も入らない。もしかすれば、教師の1人が何か用事で入っている可能性がある。そういえばこの戻る途中、黒島に会わなかった。

 もしかすると。不安が一気に押し寄せてくる。

 念のため、体育館倉庫を覗いてみることにした。

 倉庫の鉄のドアをそっと開けて中を覗いてみると、そこには以前絡んできたヤンキー2人が上半身裸にさせた制服姿の黒島の両乳房を摘まんで遊んでいる姿が目に入ってきた。彼女の腹部は自分の吐しゃ物で汚れており、半分目が閉じかけて意識を失いかけていた。

 状況を即座に把握しあと、雄たけびを上げてヤンキーの1人に殴りかかった。以降怒りで自分が何をしていたのか記憶が飛び飛びになる。

「メガネ君。止めて……」

正気に戻ったのは倒れている黒島に腕を掴まれた時だった。

気が付くとヤンキーの1人に馬乗りになり顔面を殴ろうと拳を握りしめていた。その殴られようとしていたヤンキーの顔面は腫れあがり、もう意識は失っていた。横に目をやるともう1人もうつ伏せに倒れ意識を失っていた。

「メガネ君…お願いだから…」

 慌てて黒島の方を向いて彼女の頭を抱きかかえる。

「大丈夫か?」

 抱きかかえた俺の手はヤンキーの血がこびりついていて、それが彼女の綺麗なショートカットの髪の毛を少し汚してしまう。

「へへ。ちょっとは応戦したんだけどさ。ボコボコにされちゃった」

 黒島は軽く前歯を見せて笑って見せる。

「こんなこと、、、」

 彼女の腹部に手を当て優しく摩る。

「ありがとう。良かった。元に戻って。さっきのメガネ君、怖かった。ヤンキー殺しちゃうんじゃないかと思った」

 この期に及んで人の心配か。確かに、俺は黒島に止められなければヤンキーを死ぬまで殴り続けていただろう。そう思うと彼女に助けられたんだと自覚する。と、彼女の顔が真顔になり、オェと大量に嘔吐してしまう。

「ご、ごめん。メガネ君のズボン。。。」

 ズボンに吐しゃ物がかかっていた。でも、そんなことはどうでも良かった。何故かその彼女を見て涙が出てきた。

「泣いているの?」

 どうしてこんないい奴がこんな目に合わないといけないんだ。どうして俺が大切に思う人はいつもこんな目に合うだ。神様がいるなら本当に恨みたかった。俺は黒島を引き寄せて彼女をそっと抱きしめた。

「嬉しい。幸せ」

 抱きしめられている彼女がつぶやいた。こんな時にそんな言葉が出るなんて本当に変な奴だ。そんな彼女をできればずっとこのまま離したくないと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る