BGMがないボクシングジムはこんなにも静かで、同じジムではないように感じた。

 加えて、サウンドバックを打つ音、ミット打ちの音、人が話す声。叫ぶ声。ボクシングジムはというのは狭い空間の中で様々な音が混ざり合いそれがボクシングジムの風景に同化していたことに気づく。

「お待たせ」

 着替えてくると言った黒島たち4人が俺のいるリングへと来る。彼女たちの格好はスポーツブラと短パンという格好をしていた。

「私から行くね」

 最初にリングへあがってきたのは浜辺だった。彼女は色白の二重瞼がくっきりある端正な顔立ちで華奢であることには変わりないものの、腹筋は6つに割れており、背中も締った体つきをしていた。

「浜辺、意外に鍛えているんだよ。周りの人には見せたがらないけど」

 リングの下で黒島が自慢げに紹介している。

「ルールはどちらかがダウンするまででいいんだな?」

「うん。ホント、本気でね」

 浜辺がファイトスタイルになる。ルールはいつもサウンドバックを殴っている時に使っている薄いグローブ以外ヘッドギアなどの防護サポーターは付けずに戦い、身体のどこを殴ってもいい。

「じゃあ、始め」

 黒島の合図と同時に浜辺がゆっくり近づいてくる。彼女はジャブを連打してこちらの動向をうかがっている様子だった。フットワークもパンチも軽快で素早い。俺も彼女の攻撃に合わせてジャブを打つ。ガードの上からだったがそのジャブで彼女は後ろへ後退する。

 浜辺は負けじと今度はボディストレートを俺に打つ。わざと受けてみると、少しパンチが軽かった。早く決着をつけようと打って姿勢が前のめりになった浜辺の腹部にボディアッパーを3発まとめて打つ。

ウッ!!

打った感触的には腹筋は硬く、あまり効いていないかと思ったが、浜辺は動きが止まって腹部を片手で抑えてゆっくりしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?」

 近づくと浜辺はうずくまりながらうなずく。

「メガネ君凄い。。。やっぱり強いね。じゃあ、次私ね」

 みんなで浜辺をリングの下へ降ろした後、勢いよく今度は森がリングインする。

「はい。始め」

 森は開始直後から連打をする。それにしても、ファイトスタイルというのは良くも悪くもその人の性格がよく出てくる。彼女のパンチは力強く、一発一発も鋭さがあった。しかし、粗さがありすべてクリンヒットにはならない。そしてガードが疎かになる。

 ウッ!

 ボディを一発殴る。森は顔を歪ませて少し後ろへ後退する。腹部を殴った感触からかなり効いたと手ごたえがあったが倒れることはなく彼女は殴りかかってくる。

 ウッ! オエ。。。

 脇腹、鳩尾にパンチを入れて森は横になってリングへ倒れた。浜辺よりも力を入れて殴ったが、中々倒れず森はタフださを感じた。それでも女は女だ。

 会長に頼んでジムが終わった後自分たちだけでスパーリングをすることになり、ヤンキー対策でどこを殴ってもいいというルールにしたいという希望があった時から、俺は最初から相手の腹部しか殴らないことに決めていた。さらに二人と戦って、全力でやればケガをするレベルであると少し手を抜いてパンチを打つようにしていた。

「やはり強いな。全然かなわないや。。。」

「あの、いいよ。あと二人は同時にかかってきて」

 格闘経験、筋力の差で彼女たちと俺とはハンデがありすぎると思ったので、残った二人は同時に相手することにした。

「いいの? 遠慮なく行くよ?」

 リングに上がった黒島たちに、右手を上げ合図してスパーリング始まる。2人は先に戦った2人よりも技術面では上なきがした。特に黒島の動きがいい。黒島のジャブを左顔面にまともに食らう。食らったのを見た2人は一気に攻撃をしてくる。それをガードしながら、相手のすきを窺う。その間に何発か良い攻撃を食らい顔面のパンチには少し視界が揺れた。

 ウッ! ウッ!

 まず、土屋にボディアッパーをクリンヒットさせマットへ倒れさせた。続いて、攻撃を続けていた黒島の腹部にアッパー、ストレートを何発か打ち込む。黒島は顔を歪めたが倒れず攻撃を続ける。続けざまに隙を狙って腹部へ攻撃を繰り返す。彼女は中々倒れなかったが、4人の中で一番強めのボディストレートを胃の部分に連打で打つと、膝から崩れ落ちるように倒れた。そして黒島はその場に嘔吐してしまった。

 ゲホゲホ

「ごめん。強く殴りすぎた」

 彼女の背中を摩りながら謝る。

「ああ。悔しいなあ。でも、面白いな」

 咽込みながら黒島が笑う。

「面白い」

 ボコボコにやられていて楽しいのか。そういえば、よく相手をしている4回戦のボクサーもいつもやられっぱなしなことが多いが、スパーリングの終わった後はいつも楽しそうに強いなあと口癖にように話しかけてくる。

「ねえ。ちょっとボクシング教えてよ」

 黒島が吐しゃ物で汚れた口を手で吹きながら、見つめたその目は透き通っていて好奇心と希望に満ち溢れている様だった。どうして、どうして戦うんだ? ただヤンキーから身を守るだけか? それだけでそんな目をすることができるのか。

「ああ、私も! 教えてほしい!」

 黒島だけでない。倒された他の3人も同じような目で見つめてくる。

「いいけど、みんな少し休もう」  

 一体、俺は何のためにボクシングをしているのだろうか。こんなどうでもいい自分を守るため? 少なくともここにいる4人よりも動機は不純だ。

 ただ、一つだけ確実に言える言える。今、4人と一緒にいることは嫌いじゃない。いや、大好きだった。

 ジムの窓に雨が吹き付けていた。また雨か。連日の雨で太陽のことを忘れそうだった。だが、雨の日が続きすぎてそんなことはどうでもよくなっている自分がいた。


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