⑪
今日はロールキャベツを俺のために作ってきたと、浜辺が少々照れくさそうにそれが入ったタッパーを渡す。
「ありがとう」
タッパーを開けると、トマトスープの甘酸っぱいいい香りが漂ってきた。その臭いを嗅ぐだけで食べなくても美味しいんだろうと想像できる。
「いつ作ったの?」
「え? 昨日の夜仕込んで、今日の朝作った」
「昨日、あんなことになってよく作れたね」
というより、普通にこうして4人とも学校に来て何事もなかったかのように昼を一緒に食べているというのが不思議だった。
「うん。前、肉巻きロール美味しそうに食べていたから作ってみたくて。でも、食欲はわかなくてあまり味見できていないからおいしいかわからないけど」
そう言って浜辺は自分の腹部をそっと撫でる。
「まだ、お腹痛いの?」
浜辺は黙ってうなずく。当たり前だが、昨日の出来事は夢ではなかったんだなと再認識する。同時に、無理して作ってくれたのではないかという申し訳なさと、そこまでして作ってきてくれたことに嬉しさがこみ上げる。
「まあ、食べてあげてよ」
とおどけて言ったのは森。
「ちょっと黙ってよ」
その森のお腹を浜辺は突く。
「ちょっと痛! ホントに吐くよ!? まだ私だってお腹痛いんだから」
慌てて森が自分のお腹を抱えて身体を丸くする。元気な彼女も昨日はひどい目に合った、変わらなそうに見えなくてもそれは事実としてあるんだ。
「あの食べてみて?」
俺は一口ロールキャベツを口にれる。キャベツが軟らかく煮れており、破けたキャベツから肉汁があふれ出てきてひき肉とキャベツが絡み合い旨かった。
「すごく美味しい」
「ホントに? 良かった。。。」
喜ぶ浜辺に食べてみなよと言おうとしたが、きっとまだ食欲がないのだろうと言えなかった。
「ええ、いいなあ。浜辺のロールキャベツ食べてみたいな。今日はちょっとだけど」
黒島が笑いながらお腹をさする。4人とも昼休み集まってはいるが、食事をしていないことに気が付いた。急にまた茶髪の女の顔が思い浮かび殴りたい気持ちになってきた。
「どうしたの? 怖い顔して?」
心配そうに森が俺の顔を見つめる。きっといい顔ではないことだけは確かだが、一体今、俺はどういう顔をしているのだろうか。
「ごめんね。心配かけて」
と言ったのは黒島。
「どうして黒島さんが謝るの? 全然悪くないのに」
俺は憤りを覚える。
「いや、えっと、だって昨日から私たちのためにメガネ君にそんな顔させていると思うと悪いなと思って」
一瞬彼女の理屈がわからなかった。勝手にこの顔になったのは俺で、しかもそれは黒島たちのせいではない。でも次の瞬間俺は理解した。
「思った以上に、大丈夫だからさ。私たち。気にしないでいいよ」
黒島の言葉に3人は頷いていた。この4人は優しいのだ。自分たちがどれだけ痛い思いをしているにもかかわらず、それを見て心を乱した俺のことを心配している。
「今度襲ってきたらちょっとはやり返したいよね。ねえ、メガネ君。ボクシング教えてよ」
黒島が楽しそうにみんなの顔を伺きながら話してくる。
「そんな、今度はないよ。俺がそれはさせない」
昨日の様子から想像以上に辛く、怖い経験だったはずだ。なのにどうしてこんなふうに振舞えるのか。
「また怖い顔している。でも守ってくれるんだ。カッコいい。ありがとう」
森が俺の肩に顔を寄せてくる。
「まただよ。メガネ君が重たいってよ」
浜辺がいつものように森の腹部を突いて、それにいつものように森が怒る。そして、4人は馬鹿みたいに明るい。そう、今でも茶髪の女を殴りたい思っていた自分の衝動が恥ずかしいくらいに。
「そうだ。今度、私たちと勝負してよ。それで私たちの欠点とか、強くなるコツとか教えてほしい」
黙っていた土屋が思いついたように提案する。
「勝負って、何を勝負するの?」
「決まっているじゃない。ボクシングでよ」
「…え? 本気?」
「いいねそれ。その時に、いろんな技を教えてもらおうよ」
黒島が何度も頷いてる。
「い、嫌だよ。みんなを殴りたくない」
「えええ? メガネ君だけ強いなんてズルい。もし、勝負してくれなかったらもう絶交だから」
「絶交?」
森は口を膨らませて俺の腕をブラブラと揺する。
「ねえ。ダメ? 本気で、そう。今までのストレスを発散するみたいに思い切り殴っていいからさ。勿論、手加減なしでお願いします!」
浜辺がふざけ気味に深々と頭を下げる。
「・・・・わかったよ」
「やったあ。ありがとう」
黒島にグッと手を握られる。
不思議だ。この4人といると過去の辛い出来事もこれから起こるであろう悲しい出来事も笑い飛ばせて簡単に乗り越えて行けそうな気がした。
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