⑦
予報通り、雨が途切れなく続く日が続いた。何事もない日々も続いた。
こんな日に限って生きる意味を考えることが多い。高校生の自分が人生を語るなんてと大人たちは鼻で笑うと思うが、少なくとも今までの人生は辛いことの方が多かった。勿論、数えるほどだが楽しいこともあったが、楽しいと思った思い出の分、それ以上に辛いことが倍返しで襲ってくる。
「あ、この卵焼きちょうだい」
「うん。じゃあ、この生姜焼きと交換」
「え? これ美味しい。森のお母さんが作ったの? これ」
女子が4人もいるとこうもうるさいモノなのだろうか。静かに1人で食べていた昼食が、最近では黒島たちが体育館裏倉庫にやってきて俺の周りで騒ぎながら弁当を食べることが日常となっていた。
「はいこれ。いつもパンばかりじゃ栄養片寄るよ」
森が俺の手にプチトマトを載せる。
「何これ?」
「見ればわかるでしょ? プチトマトだよ。野菜取らなきゃ」
「ああ、まあ。。」
「ねえ、それってあんたが嫌いなのをメガネ君に食べさせようとしているだけでしょ」
と突っ込んだのは黒島。
「あ、バレた?」
「バレたじゃない! この!!」
森はよく、小学生のようなことをよくしてくる。そして、みんなによく腹部を突かれる。
「痛い! 食事中は止めてよ! 吐くよ!」
突いていた黒島に森がふざけて舌を出してウェという仕草をする。きっと、森は誰からも好かれる女の子なのだろうと思った。人が年を追うごとに身に着く悪い癖というものが見当たら
ない。こういう人間は滅多のことがない限り汚させてはいけないと思った。汚れたら最後、真白すぎるがゆえにそのシミを取るのは大変な作業になるだろうから。
「メガネ君。口開けて?」
「え?」
浜辺が箸で肉巻きロールを挟んで俺の口に近づけた。
「何?」
「え? 肉巻きロール」
「食べさせてくれるってこと?」
「だって仕方ないじゃん。箸を持ってないんだから。ほら」
なされるがまま、浜辺に肉巻きロールを食べさせられる。
「おいしいでしょ? 私作ったんだ」
浜辺が自慢げに微笑む。彼女の笑みは普段の清楚で綺麗な容姿とは違い、無邪気で可愛らしい笑顔だ。そこは森と共通しているところがあった。
「でも、どうして俺なんかに付きまとうんだ?」
そう。俺が避けても避けても4人は俺の前に現れる。俺なんかといてどこが楽しいのかわからないが、いつも俺を取り囲み楽しい会話を繰り広げる。あいつもそうだった。どうして俺なんかと一緒につるんでいたのか未だにわからない。
「え? 迷惑?」
黒島が切なそうな顔をする。
「いや、そんなことはないけど」
メガネのフレームを直しながら黒島から顔をそらす。
「じゃあ一緒にいよう。一緒にジムに通っているんだし。いいでしょ?」
「まあ、、、、」
「じゃあ、仲良くしよう。みんな、メガネ君のこと好きだよ」
好き。その言葉は人生でほぼ初めて人に言われた言葉だった。好きってそこまで根拠もなく簡単に言えるものなのだろうか。しかし数日前茶髪の女に言われたように人をおちょくっているのではなく、黒島の口調には軽く口ずさんだ感じはしなかった。
「そうなんだ」
だから、どうして好きなのかということは聞けなかった。
「俺も嫌じゃない」
「え?」
「俺もみんなといること嫌じゃない」
どうしてそんなこと言ったのかわからない。でも言った瞬間に、心に光が差した気がした。
「じゃあ、決まりだね。私たち友達」
森が俺の右腕に抱き着いて顔を寄せてくる。
「ほら、そんなことしたら彼氏みたいでしょ」
「いいじゃん。誰がどう思ったって」
これでいいのだろうか。流されるまま、心の赴くまま、この町、この高校へ来た時の決意が揺らぎ始めていた。崩れは始めていた。
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