⑥
学校の休憩時間中には1か月後に徒歩30分くらいにある海へ泳ぎに行く学校の行事の話題で持ち切りだった。この学校というよりこの町は小さい山々い囲まれ、徒歩で行けるところに海があるくらいで、今住んでいるところから駅までも徒歩30分かかるし、ショッピングモールは町から車で1時間はかかるらしい。娯楽施設が全くないのだ。だからこそ、少しのイベントでもここまで盛り上がるのかと思った。
と、クライメイトの女子3人が俺に近づいてきて話かけてきた。
「ねえ。運動神経良いって聞いたけど泳げるの?」
真ん中にいた髪の毛を茶髪に染めた女子が話しかける。化粧こそ濃くないが、香水の臭いが鼻につく。
「まあでも、先輩から聞いたけど、海へ泳ぎに行くって言ったって、一部の泳ぎの上手い生徒だけが真面目に泳いで、他は浜辺で遊ぶんでしょ? 私、ビキニで行くもん」
「マジ!? ビキニOKなの? じゃあ私もビキニ持っていこう」
「ええ? ビキニみんななるんだったらダイエットしないとまずな」
3人が話に盛り上がっている中、俺は目線を離して窓に打ち付ける土砂降りの雨を見つめていた。
「ねえ。この中で付き合うんだったら誰?」
唐突に俺に茶髪の女が聞いてくる。
「結構さ、イケメンだから私付き合ってもいいよ」
女は元から好きになれないが、こういうノリが良いというか軽いというか、冗談でも軽々しく付き合うという女はこちらが馬鹿にされているような気分になり嫌いだった。
「俺は誰とも付き合いたくない」
「え?」
3人の空気が一気に凍り付くのが鈍感な俺にも伝わってきた。
「あまり話したくないんだ。もういいかな? ごめん」
「何それ。しらけるし」
茶髪の女が舌打ちをする。
「あとちょっと、香水臭いきついかも。少し気持ち悪くなる」
「はあ?」
茶髪の女が声を荒げる。その甲高く巨大な声にクラス中が気づき静まりかえる。
「ちょっとくらいイケメンだからって調子乗っているんじゃねえよ。このネクラ!」
「ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。臭いって自分ではなかなか気づかないものだし、言った方がいいと思ってさ」
俺は何気なく言った言葉を後悔した。もめごとにはなってほしくない。誠意をもって謝ったつもりだったが、その言葉も女を逆上させた様だった。
「余計なお世話だし、お前、何様だよ? いつも1人でいてさ。ちょっとかわいそうだから話しかけてやったのに。ふざけんなよ」
俺は黙ることにした。何を言われてもただ沈黙する。女は他にも罵声を浴びせていたが、あることないこと下らないことばかりで言葉ではなく雑音にしか聞こえなかった。
「ったく。行こう。こいつの顔見ているだけムカつくわ」
数分後、女たちは怒りが収まる様子はなく、何かを叫びながら俺のもとを去っていた。それにしてもあの怒りは力にしたら相当な力だろう。その力を他の場所で使えたらどんなに自分のため、周囲の人のためになるのか。とにもかくにも去ってくれてよかった。あそこまで嫌悪を抱いている男にもう2度と話かけたり関わり合いを持とうとはしないだろう。
一安心して深呼吸をしていると、他の女子生徒が近づいてくる。
「ねえ、ヤバいことになちゃったね」
「え?」
「あの子、ちょっとやんちゃで、つるんでいる男とかヤバイって噂でさ」
ふと、数日前体育館倉庫で出くわした4人組を思い出す。
「気を付けた方がいいよ。噂だと目をつけられた人がボコボコにされたって噂だよ」
なるほど。殴られるのは怖くなかった。むしろ、半殺しにされると言われても怖さは感じない。もう、守るものも大切にしたいものもない俺はどうなってもかまわない。ただ、痛いのは好きじゃないし、死ぬのも苦しそうでそれを進んで選択することだけは変わらずできなかった。だから厄介ごとには巻き込まれたくはないだけだったのだが、いけないことなのだろうか。
俺は弱い。いつかジムの会長が言った言葉をふと思い出していた。
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