⑤
「メガネ君」
ボクシングジムへ向かう途中、後ろから声がして振り向くと黒島たちが手を振って近づいてきた。
「傘ささないの? 濡れちゃうよ?」
小雨は霧雨になっていて、傘を持ってこなかったので少し制服が雨で湿っていた。黒島は変わらずの赤い傘をさしていて傘を持っていない俺に差し出す。
「いい。そんなに距離ないし」
黒島の顔を見ずに歩こうとすると今度は彼女とは反対方向から黄色い傘が差し出される。
「そんな、ビショビショだよ。今から練習でしょ? 一緒に行こう?」
そう話しかけてきたのは黒島の幼馴染の森だった。ここのところ、4人とは距離をおこうと帰り道も避けてきたが、今日は偶然鉢合わせになってしまった。昼の不良と言い、今日はツイていない。
「ねえ。どうして避けるの?」
森が首を傾げて悲しげな顔をして見つめてくる。関わりたくないからだよ。と言いたくなったが、面倒で無言で歩き始めた。
「そうそう。練習の時も1人で練習しているし、誰ともしゃべらないし、私たちが話しかけてもどっか行ってしまうし」
淡々とそう言ったのは同じ幼馴染の浜辺だった。
「いいじゃない。そんなこと。そうそう。メガネ君って、凄いボクシング上手いよね」
話題を変えてくたのは黒島だった。黒島はつも4人グループのまとめ役だった。まとめ役と言っても、リーダーという感じではなく、周りのことをよく見て的確な言動や行動がとることができる感じだ。
「メガネ君はどこかで格闘技とかしていたの?」
森が肩を叩く。メガネ君というあだ名は、俺がメガネをしているのにボクシングが上手くてそのギャップが面白いからそういうあだ名にしたらしい。それにしても、この四人の中で一番森が人懐っこくボディタッチ異様に多い。
「いや、してないけど」
「いいな。私なんて、全然まだまだだよ。今度コツとか教えてもらいたい」
そう言ってきたのは浜辺だ。浜辺は淡々と話すが、何か芯の強さがあるように感じることがある。
「不思議だね。メガネ君だとこんなに流暢に普通に話しできるね」
と、黒島である。最初会った時はしどろもどろだったが、あだ名をつけたのは彼女であり、確かに今では俺が話さなくても彼女はおろかこの4人は一方的に話しかけて会話を楽しんでいる。
「私ね、というか、私たちか。男の子って嫌いなんだよね。嫌いっているのは苦手ってていうのかな。特に私」
「そうそう。黒島はいろいろあったもんね」
「うん。小学校の時にバトミントン部で男の子と試合していて、私勝ってしまったことがあったの。そしたら、その子、腹いせに後日腹パンしてきてね」
その黒島の話を聞いて、あいつも何故か女にいじめられやすい奴だったなとまたカズのことを思い出していた。
「私、恥ずかしいんだけど吐いてしまって、男の子たちが去ってうずくまっているところを土屋に助けられたんだよね」
土屋が少し笑みをみせて黙ってうなずく。土屋は4人の中で一番寡黙だ。
「で?」
「え?」
「で、どうしたの? 誰か先生とかに言った?」
俺がそう聞くと、黒島は大きく首を横に振った。
「言わないよ」
「やった男はそのあと謝ってきたの?」
「謝ってこなかったね。どうしたの? 今日はいろいろと聞いてきてくれるね。嬉しい」
どうしてやり返さないんだろう。あいつにもそういう感情を持っていた。あいつはただ笑って、だって面倒じゃん。って言っていた。黒島もあいつと同じ人種なのか。
「でも、あの時の腹パン痛かったな。お腹フニフニだったし。だから今は鍛えようと思うんだ。それで殴られてもある程度平気になる」
黒島は自分の腹部をさすり明るく話す。
「落ち込まなかったの? 嫌だなとか。どうしてこんなことされるんだろうとか」
しばらく彼女は考え込む。
「そりゃあ、少しは凹んだけど土屋が介抱してくれたしね」
土屋と黒島は顔を合わせる。きっとあいつも同じことをされたら同じような答えをするなと思った。そして、俺はそんな奴を無性に好きになる。守りたくなる。
「どうしたの? ええ?」
気が付くと走り出していた。今少しだけ抱いた、胸からあふれ出るホカホカとした温もりをこの霧の雨で忘れたい。忘れさせてほしい。天気予報は明日からしばらくは本降りの雨になるとのことだった。
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