第9話 田中君と鈴木君

 田中君は有名国立大学を出ています。顔は中の上といったところで決して不細工ではありません。内気で女性経験は少ないようです。大学時代にはそれほど遊んでこなかったようです。晴れて社会人になって、学生時代を取り戻すために積極的に遊びたいけど、遊び方がわからない、そんなジレンマを感じさせました。

 一方鈴木君は有名私立大学を出ています。顔は中の下といったところでしょうか。大学時代は体育会に属していたので熱血漢でありそれが若干暑苦しくもあり、一言でいうと「ウザい」感じでした。そのウザさから、女性経験は乏しいように見えました。

 田中君は青春をずっと勉強に捧げてきたのか何としてでも青春を取り戻したい思いがにじみ出ていました。そんな田中君の前に一人の女性が現れました。会社の一個上の美人の先輩です。先輩は美人だけど少々性格がキツい。私は苦手なタイプです。ですが田中君は先輩に一目ぼれをしました。きっかけは私もよく知りません。少しでも先輩に近づきたかったのか、多摩地方にあった一人暮らしのアパートを引き払い、都心に引っ越しました。彼は積極的に先輩にアプローチをかけました。合同の飲み会でゲットしたLINEへ、メッセージを送ります。せっせせっせと送ります。社内メールも使います。「お昼一緒にいきませんか」「夜暇ですか」「仕事忙しいですか」・・・。先輩は私の隣のデスクで仕事をしていたのですが、急に機嫌が悪くなることがありました。これは田中君からメールが来たのだな、と私は察しました。「ちょっと、これやったの!?」先輩の私への当たりも強くなりました。私は先輩のブラウスの隙間からのぞく水色のブラをチラチラと見ながら、とても迷惑に感じました。

 鈴木君の話です。鈴木君はその熱血漢ぶりからどんなコミュニティにいようとも自然とリーダー格になります。でもそれは決して人望が厚いということではなく、めんどくさい仕事を引き受けてくれる便利屋として扱われているということでした。陰ではコミュニティのみんなは何かしら陰口を言います。時には、めんどくさい仕事をよりめんどくさく解釈して、みんなを拘束したりするからでした。一見お山の大将に見える彼にアプローチする女の子は皆無でした。そんな鈴木君の前にも一人の女性が現れました。これまた会社の美人の先輩です。ただし、年齢はだいぶ上でした。30も半ばに差し掛かりそうな妙齢な女性です。鈴木君は一旦決めたら猪突猛進です。職場飲みを経て何とか二人きりでお酒を飲む機会をゲットしました。この千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。鈴木君はとにかく自分の誠実さをアピールしなければ、と必死でした。必死に必死に考えました。そして、食事の最後に4℃で買ったペアリングと青山フラワーマーケットで購入したバラの花束をプレゼントしました。「付き合ってください!」先輩の顔は引き攣りました。普通に考えてもこんな大荷物持って帰れるわけがありません。「恥ずかしい・・はやくこの場から逃げたい・・」先輩の心の声とは裏腹に、鈴木君は自分の考えた最強のプランがハマって得意げです。あとは先輩の返事をもらうだけです。鈴木君は勝ちを確信したキラキラした目で先輩を見上げました。その上目遣いが生理的に無理だったのか、「ご、ごめんなさい!」とプレゼントも受け取らず、逃げるように店から出ていきました。鈴木君は何が起こったのか全く理解できませんでした。逃げる先輩が振り返って戻ってきてOKをくれるものだとさえ思っていました。そんな鈴木君の思いも虚しく、その後ろ姿はどんどんと小さくなっていきました。

 田中君の話に戻ります。田中君はLINE、社内メールで先輩にアタックするも全くうまくいきません。ある時、私がエクセルの関数を打ち込んでいると、背後に異様な気配を感じました。ビクっとなって振り返ると田中君が立っていました。隣で大きなため息が聞こえました。そちらを振り向くと、先輩からも異様なオーラが出ていました。「田中、ちょっと来なさいよ」先輩はそう言うと、無言の田中君を連れてリフレッシュルームに消えていきました。私はただ二人の背中を見送るしかありませんでしたが、作っていたエクセルは数式がぐちゃぐちゃになってしまいました。しばらくして先輩だけ戻ってきましたが、先輩は何事もなかったかのように仕事を始めました。説教でもして気が楽になったのかな?とにかく職場の雰囲気が良くなったので僕は安堵しました。ですがそれで止まらないのが田中君です。後輩の女の子に片っ端からLINEやメールを入れ、相談という名のセルフ出会い系を始めました。見境なく社内の女の子に絨毯爆撃を始めたものだからたまったもんじゃありません。なぜか私にも苦情が届く始末です。原因の先輩はそんなことはどこ吹く風と言わんばかりに飄々としていました。結局田中君は社内の女子という女子から「キモい」のレッテルを貼られ、誰からも相手にされなくなりました。やがて彼はキャバクラにのめり込むようになっていき、ずるずると堕落した人間になっていきました。あれから10年。彼のフェイスブックを見る機会ありました。すさまじい数の加入コミュニティ数がまず目に留まりました。未だ独身の彼はあてのない旅人としてネットの砂漠を漂い続けていています。

 さて、一度ふられた後の鈴木君はどうなったでしょうか。鈴木君は当日は全く心の整理がつきませんでしたが、良い意味での空気の読めなさが彼の心に再度火を付けました。前回ふられたのは俺の努力が足りなかったからだ。もっともっと頑張れば、先輩も心を開いてくれるはず!思い込みの力とはすさまじいもので、彼はその暑苦しい姿を省みることもなく再度アタックすることを決めました。次はこのレストランでこのシチュエーション、次はこの公園でこのシチュエーション・・先輩はやんわりと断ったり、対面できっぱり断ったり、ほかの男を通じて断り何度も何度も断りました。しかし鈴木君はその度にゾンビのごとく蘇ってくる。そんな繰り返しが2年経とうとしていました。とうとう先輩は根負けしてしまいました。10個近く若い男が、それも仕事もバリバリこなしている男が、出世コースにも乗った男が、ここまで私のことを思ってくれている。それに、自分ももう若いとは言えない。心の中の「キモい」という感情を押し殺し、冷静に客観的にそして前向きに考え、鈴木君を受け入れることにしました。そこからの話は早かった。二人は大々的に結婚式をあげ、幸せな家庭を築き、子供も3人もうけました。

 

 以上が似たような二人の、似たような恋愛アプローチのお話です。私は両方とも非モテだと思います。でも非モテの使いようによっては全く違ったストーリーになるんだなあ、と人間の、そして恋愛の奥深さを知りました。


 そんな二人に思いを馳せながら、私はティンダーで拾った女に中田氏しました。これから子供のお迎えに向かいます。

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