第6話 エーテルの場合

「私は私の人生を壊したくない、そんなリスクは負えない」そういって彼女は別れたいといった。僕は手放したくなくて、必死に懇願した。

 半ば強引にキスをして、必死に説得し、最寄り駅までもついていった。彼女は押しに弱いことを知っていたから。でも彼女は首を決して縦に振らなかった。あきらめの悪い僕は妥協案として1か月後にまた会って食事する、ということにしてその日別れた。そして、そのまま彼女のLINEに既読がつくことはなかった。

これが昨年の春のお話。これをきっかけに恋愛工学を知り、シークレットベースに入って、ナンパして、マッチングアプリして、普通の40代に比較したら少なくない20代の女の子を抱いてきた。

 大型台風が襲来し、昨年のクリスマス以来のザオラルメールを彼女に送ってみたところ、実に1年半ぶりに彼女から返信が来た。何事もなかったように。数往復のやりとりの後に、アポ打診をして二つ返事で再会することになった。

 11月のある金曜日、場所は渋谷。1年半ぶりの再開。僕は平常心を心掛け、自分に言い間かせた「これは特別なアポじゃない、いつものアポだ」。でも胸の高鳴りを抑えられない。そして、再会。再会の印象は、正直出会ったときのようなキラキラ感がなくなっているなと思った。疲れている印象も受けた。彼女はまだ25歳。それでも彼女の笑顔はやっぱり素敵だったし、すぐにでも抱きしめたい衝動にかられた。僕はこれから始まる勝負に向けて気を引き締めなおした「これはいつものアポだ」と。最初のお店でのミッションは、別れ際の僕に対するイメージを払拭させること、そして楽しい空間を提供し、あの時と同じように一緒にいてやっぱり楽しいと思わせること、と考えていた。だから、こちらからの好意は決して見せず、余裕を作り、そして友達のように楽しい会話を心掛けた。

乾杯をし、お互いの近況や仕事の話で序盤戦を戦っていく。彼女も笑顔で会話してくれている。最後の別れ際のことに関しても重くならないように謝罪した。嫌だったよね、ごめんねと。彼女は笑ってた。

楽しい、、、はずが僕はすぐに違和感を感じた。彼女は自分のプライベートなことをあまり話たがらなかった。特に自分の生活圏にかかわる話につながるにとは。どのあたりに住んでいるとか。その理由は後で判明することになる。

 僕は、楽しい雰囲気を壊さないように気を付け、決めつけトークや質問ゲームなどを使って彼女から情報を引き出すのと、ラポール構築を目指した。転機が訪れたのは、質問ゲームをしている時、彼女から「この1年半で違う子と関係もった?」と質問されたときだった。僕はこれに関して最初から答えを用意していた。「何人かと付き合ったよ。ミキのせいでヤケになったからね 笑でも、やっぱり違うなと思って今はいない」。非モテ感を出さないことと、婚外恋愛に関しての拒否感を和らげることが狙いだった。

狙いはうまくいったかはわからないが、他人の恋愛トーク好きの彼女はこれに食いつき、いろいろ質問が多くなってきた。それに対応してこちらからの質問も答えてくれるようになった。

 それで彼女に関して分かったこと。3か月前に別れた彼氏が束縛がとても激しくて、ストーカーになりかけた。またその後、路上でヤクザ風の男に声をかけられ、いきなり襲われかけた。怖くなって1人暮らしをやめ姉と2人住んでたところ、Uberイーツと称した変質者が部屋に上がり込んできた、等。


 そう、彼女は自分によってくる男はみんなそのようになる、と男性に対するあきらめや恐怖のようなものを持っていた。そして、僕ももちろんその枠の中に入っているのは創造に難くなかった。そして、もう一つ彼女が固く考えているにとが垣間見えた。それは、「私はもう二度と既婚者とは間違いを起こさない」ということだった。僕は考えた。彼女は今現在心は弱っている。だからザオラルに答えた。でも、男にあきらめのようなものを感じている。そして、別れ際の彼女の婚外恋愛に関しての価値観はやっぱり変わっていない。そこから導き出される最適解は、どう考えても今日は1次会で解散すること、だった。少なくとも今の彼女の心を瓦解して価値観を変えるには時間がいるのは明白だったし、俺は他の男と違うよ、というのを見せるためにもそうすべきだと思った。

でも、待て、もう2、3回会えば彼女の心を変えられるかもしれない、彼女のことは本当に好きだが、けど結婚したいわけじゃないし、真剣に付き合いたいわけでもない、結局のところ彼女ともう一度ベッドインして甘い時間がほしいだけなのだ。そんな時間はかけられない、時間かけても彼女の心は変わらないかもしれない。明らかに手を引くべき案件なのだ。


 僕は言った「この先にこの前行ってとても良かったバーがあるからいかない?」彼女は少し帰りたそうな素振りを見せた。でもちょっとだけね、といって誘いに乗ってくれた。

僕が先週もゴール前に使った店。彼女はここの雰囲気をとても喜んでくれた。ゴールに向けてしなければならないことは、自分はその他の男たちとは違うことを認識させること、そして彼女の婚外恋愛に関する価値観よりも感情が上回るようにしなければならないこと、と考えた。楽しい雰囲気を続けても感情は揺さぶれない、と判断した僕はまずトイレに立ち一息入れた。

そして一気に重い雰囲気にシフトチェンジした。そして、くれぐれもキモい男にならないように言い方を気を付けながら、けど真剣に語った。「女の子に怖い思いさせるそういう男たちのことが真剣に許せない」「今日最初からミキが疲れてるように見えた。ミキには元気になってほしいと心から思う」「でも久しぶりにあってやっぱミキの笑顔はいいなと思った、もっとミキのこと笑わせたい」というようなことを真剣に語った。

彼女の目には涙が落ちていた。1次会ではあんなに遠く感じたコニ人の距離感も近づいたと感じた。ここでさらにシフトチェンジでハンドテストしてスイッチ入れる!と考えた矢先に、「ちよっとお手洗い」といって彼女が席を立った。

これはマズイと思った、彼女は気持ちを立て直してくるだろうな、と。

ここで、ふと携帯見るとDMが。コウジさんから「さっきトイレですれ違いましたよ」と。

あたりを見回す。いない。どうやらレストランの下の方にいるらしかった。これは、気まずい。。。こちらからは姿を見れないのに、コウジさんからは一部始終がすべて見られている。変な汗が噴き出る。駄目出しの声が今にも聞こえてくるようだ。

そして彼女が戻ってきた。案の定、彼女は立て直してきた。「もう二度と同じ過ちはしない」

彼女の心はもう動かなかった。無駄にボディタッチ試みるももう逆効果でしかなかった。「もう帰ろう」彼女から席を立ち、エレベータに向かう。その後を追う。コウジさんが多分これを見ている。はあ、カッコ悪い。

渋谷駅への帰り道に僕は彼女に向かってつぶやいた「もうこれっきりだな」彼女「うん」

改札で別れた後、彼女は一度も後ろを振り返らずホームに降りていった。


 結局、彼女からしたら僕なんて特別でもなんでもなく、関係があった男たちのone of themだったんだと、胃の中からとても悲しい塊がこみ上げてきた。結局はストーカーの元カレとも、ヤクザ風の男とも、Uberのレイパーとも何も変わらないそちら側の人間だって。悔しい。口惜しい。

 彼女の後ろ姿が見えなくなくなるまで呆然とそんなことを考えていた。


ふとtwitterを見てみるとコウジさんのホテルin報告が流れていた。

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