第4話 コウジの場合

人は何故非モテになるのか。それは母がくれる無償の愛を追い求めるからである。

ー哲学者 コウジ


俺には哲学がある。物事には本質があって、それを見抜くことのできる人間は非常に少ない。俺も元々は非モテだった。恋愛工学を知って変わったということも多少はあるかもしれないが、元々本質を見抜く能力を持ち合わせていたからこそ、今があると思っている。非モテの塗炭の苦しみ。泥に塗れ、涙を流しながら出会ったのが恋愛工学である。

正直、小手先のテクニックでどうとでもなるというのもやってみて理解できた。だから金融日記紙上で繰り返されるゴール報告に対して嫉妬もしないし、ある種の軽蔑の感情もあった。金融日記において所謂凄腕と言われるカイリューやハーグに対しても、一緒に成長してきたからこそリスペクトの体もとっており、時にはメンションもするけれど、常々物足りなさを感じてきた。その物足りなさは何かということは自分でもわかっていた。即ち、既婚者かどうかだ。カイリューやハーグ達にとって結婚など昔から続く悪しき習慣でしかないだろうが、俺は恋愛工学を知った時には既に結婚していたのだ。既に結婚しているという事実も、カイリューやハーグ達に言わせればさっさと離婚しろというだろう。離婚する、しない、覚悟が足りないとか、問題はそんなことじゃないんだ。人生が恋愛なんかに飲まれたら終わりだ。家庭も大事、仕事も大事、恋愛も大事。全部大事なんだ。全部卒なくこなしてこそ真の男と言える。それが哲学だ。

お前らとはゴールの重さが違う。同時期に活躍していたプレイヤーの中では第一人者と言ってもいいと自負している。鬼嫁と二人の子どもを抱えながら、これだけゴールを量産しているのは俺だけだろう。その苦労を理解できるのは金融日記紙上にはいない。だから俺の王国、秘密基地を作ることにした。俺のすごさが分かる連中とともに同じ道を切り開いていきたい。それがこのシークレットベースだ。

金融日記での知名度もあり、SLACK上に設置したシークレットベースの登録者は日に日に増えていった。金融日記コミュニティで元々の知り合いであったタケシを筆頭に各々が培ったノウハウや理論が日々蓄積されていった。ゴミみたいなnoteを売りさばいている恋愛工学生もいるが、俺のコミュニティはそんな小物の真似なんかはしない。何しろ構成員の偏差値が高い。金も持っている。独身の奴らと違って俺らは覚悟が違う。質が上がるのは当然だ。

女たちは何の努力もせず何の思想も持たず漫然と日々を過ごしてきたくせに、チビデブハゲで妥協するのは嫌だという。そこに付け入るのがゲスでクズな我々既婚者だ。本来マッチすべき需要と供給の間に存在するギャップ。そこが我々の市場だ。短期的にもセックスという形で女性を幸せにしているし、結果として何も学んでこなかった女に学びの機会を与えるという意味で長期的にも幸せにしている。俺らが裁定取引をした結果、長期的に考えれば、需要と供給が一致してチビデブハゲの非モテ諸君も幸せになれるはずなのだ。中には何も学ばずにアラフォーになっても悲壮感漂わせながら出会いアプリをやっている馬鹿な女もいるけど。

女たちが強くてカッコいいアルファな雄に群がるというのは自然界ではごくごく当たり前なことだ。だが男の地位を相対的に高くして一夫一婦制を長らく維持して来たというのは人間社会の安定のために合理的であった。しかし男女平等の概念が広く浸透することによって、モテ男に女が群がって非モテ男まで回ってこないという自然状態に近い社会になりつつある。しかし形骸化しつつあるとはいえ一夫一婦制が現存しているため、モテ男の第二第三の妻になりたくてもなることができない。結局、女たちはその葛藤に直面して学びを得ることで自分相応の男と結婚するしかない。学ばないやつは「あいつはうまくやった」とか他人を僻みながら、延々と我々クズに騙されながら、一発逆転を狙い続けることになる。

男の価値なんていうものは全て数字化できるはずである。「運命の出会い」とかなんとか言うバカな女はたくさんいるけれども結果的に運命の出会いだと思った男の偏差値は一般的に高いものであろう。一方非モテは総じて総合偏差値50以下になるから非モテなのだ。俺らのやっていることはアービトラージなのだから、当然両建てだ。ネットもやるしストリートもやる。ナンパもやるし家庭も大事にするのだ。


長々と俺の哲学を回想してしまったが、今日は俺の偽誕生日だ。萌からのプレゼントは薄いベージュのストールだった。

「肌寒くなってきたところだったから、本当に嬉しいよ。着けてみていい?」

萌は無言で頷いた。俺はタグが首に当たって不快な思いをしないように気を付けながら注意深く首に巻いた。こうやってストールを首に巻くのは何回目だろうか。会社のロッカーには5本ほど同じようなストールが眠っている。このストールもまた、年に数回あるかないかの日を待ちながら吊るされ続けるのだ。

「はい、これも。ケン君好きでしょ。」

そう言って萌はピエールマルコリーニのロゴの入った紙袋を手渡してきた。

「ありがとう。こんなの貰ったら太っちゃうな笑。でも別腹だよね。」

実際食べることもないだろう。帰り道のコンビニのゴミ箱行きと、ルーティンで決まっている。俺の偽名の入った誕生日ケーキをイチャイチャしながら食べ、時刻は夜9時に差し掛かろうとしていた。

「じゃあそろそろ行こうか。」

繰り返すが今日は俺の偽誕生日なので、会計は萌のおごりだ。萌が席で会計を店員に渡した後、トイレに行った。その隙に俺も用意していたプレゼントを萌の席のテーブルの上に置いておいた。いつものティファニーのアクセサリーと、忘れてはいけないのは花束だ。トイレから戻ってきた萌は花束に気がついた途端涙を流して喜んだ。

「幸せすぎて死んじゃいそう。」

「今日はありがとうね。」

俺がかけた言葉に萌は涙を流しながら満面の笑みで呟いた。

下りのエレベーターの中には他に客はいなかった。俺は萌の肩を抱き寄せ、おでこに軽くキスをしてからDKを始めた。ホテルは外に出て目と鼻の先だ。そのまま肩を抱き、何のグダも無くホテルに搬送した。

萌がシャワーを浴びている間、自分の足が入るようホテル内の写真を撮影しツイッターに投稿した。「イーン!」投稿とほぼ同時にリプが続いた。

「パチーン!」

「パチーン!」

「キャプテンさすがっす!」

俺の脳内が心地よい快感物質に満たされるのが分かる。正直、セックスなんかより気持ちいい。これを得るために俺は偽の名前、偽の職場、偽の誕生日まで用意してスパイ活動をしているのだと思えてきた。その余韻に浸りながら、惰性で残業を片付けるが如く萌を抱いた。俺は、俺たちはずっとこのままでいい。射精なんかよりももっと心地よい快楽を知ってしまったのだから。目の前の対象とネット空間に無数存在する同志からの承認に包まれ、俺は最高の射精をした。

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