第2話 出会い

いつもと同じ定時に会社に出勤しコンビニで購入したコーヒーを飲みながらパソコンを立ち上げ、仕事をやっている風を出すためのエクセルファイルを開いた。BLOGOSやアゴラなどテキスト形式の記事が豊富なサイトを、ウィンドウを小さくして開く。正直、退勤時間まで8時間エクセル遊びだけをするのは精神が壊れる。既に壊れているが、もっと壊れる。レキソタンを3倍服用しても耐えられない。だからテキストサイトは俺にとっての女神だ。隔絶された地獄に垂れる一本のクモの糸だ。テキストサイトを読むことで、いっぱしに社会批評を頭の中で繰り広げられ、定刻までゴミカスみたいな自分の存在を忘れることができる。

俺が恋愛工学に出会ったのはそんな社内ニート生活の一場面である。いつものとおりテキストサイトを読んでいた。今日は大学入試改革の話だ。少なくとも世間的には恥ずかしくない学歴の俺には、大学教育は身近な話題だし塾の講師もやっていたので割と好きな分野だ。今回の論者は藤沢数希。とにかく歯に衣着せぬ物言いと一般論をズタズタに引き裂く教育論が非常に好感があった。もっと続きを読みたい。次回の掲載が待ちきれなくなった俺は、筆者の発行しているメルマガの登録を決めた。しかし、いざ一通目を読み込んでみて自分の期待していた内容とは程遠いものであった。前段の特集記事はかろうじて教育に関するモノではあるものの後段は女と食べに行く店がどうとか、女とセックスできただできないだとか、正直眩暈がするものだった。だがこれこそ俺が求めていたものだということを直感で理解した。

ある真夜中、抗うつ剤の過剰摂取で回らない頭で風呂場の鏡に映った自分の裸体を見た時、頭がぼーっとしているにもかかわらず目から涙が溢れてきた。汚らしい肉体で、脳みそも病み、ゾンビのように生きている。いや、俺は今生きていないし、今後生きる気力もない。それは雄としての役割が終わってしまっているという自覚だ。残りの人生はただ生きるために生きる。そんな絶望に飲み込まれて洗面所の片隅にへたり込み気づいたら朝になっていた。

ずっと闇の中で生きてきた。そこに一筋の光が差した気がした。それからというもの、金融日記バックナンバーを買い漁り、藤沢数希著作物を読み漁った。それまで嫌厭していたツイッターも始めた。ナンパだセックスだと軽薄な言葉が並んでいるがそこには貫徹した哲学があった。藤沢氏の言葉を借りるとすると「アルファメイル」であろう。アルファな男、すなわち真の男は、圧倒的な力と自信を備え、誰にも媚びないし女にもモテる。まさに今の俺と真逆である。

それを象徴する質疑回答は浮気に関するものである。ある回で「妻が浮気しました。どうしたらよいですか。」という投稿があった。何人も同時にセックスすることを推奨する金融日記であるから、当然俺は妻も何人もセックスすることを許してもいいのではないか、と藤沢氏が回答すると思っていた。しかし、答えは真逆だった。そのような女はお払い箱にせよ、という。俺の頭は混乱した。みんなが複数のパートナーを持って幸せに暮らす社会を作るのが恋愛工学だと思っていたからだ。だが藤沢氏の回答は至極まっとうなものだった。曰く、我々がいるのにも差し置いて他の男に股を開くようなアバズレは、自分の真の価値もわからないようなバカなのだからさっさと叩き出せ。

真の価値、真の男。

誇り高き我々は女なんかに翻弄されてはダメなのだ。来るものは拒まず去る者は追わず、アバズレは叩き出せ。社内ニートとして自尊心が地の底まで落ちた自分を引き付けるには十分すぎるものであった。

俺は藤沢氏関連で得た情報から、既婚者の隠れサークル、シークレットベースに迷わず課金した。

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