エピローグ
「おはようございます」
翌日の朝、詩織は出社した。
いつも通りのパンツスーツ姿で、いつも通り大きな革製のカバンを肩に提げて。ただし、一つだけ大きく変わっている点があった。
「おはよ……って、あれ? 星野さん? メガネどうしたの? イメチェン?」
詩織を見るや否や、社内の同僚たちは彼女に声をかけた。その声は驚きに満ちている。理由は、詩織が"大きな黒縁メガネ"をかけていないからだった。
「あ、はい。イメチェンです。変でしょうか?」
「ううん、いいと思う! 今の方が可愛いと思う!」
隣りの席に座る由衣が、詩織をべた褒めしている。
その光景を、瞳は主任席から微笑ましく眺めていた。
瞳はこの四年間、ずっと自分を責めていた。婚約者から逃げ、前の職場から逃げ、逃げた自分から更に逃げるために仕事に没頭してきた自分自身を。
だが、そういった"逃げた自分"がいたからこそ、詩織のカミングアウトの相談に乗れたのだと、今になって思えるようになった。少なくとも"詩織の心に刺さるアドバイス"ができたのは、あの時の後悔があったからこそなのだから。
「瞳さん。マイファーム富永さんの"無料修正依頼の件"ですが、どうしますか?」
メモ書きした付箋を手に持つ晴太が、瞳に問いかけてきた。
「ああ、うん。その件ね。大丈夫、私に任せて。"無料での修正は対応できません"って、社長に電話しとくね。他のお客さんと不公平になっちゃうからって」
付箋を受け取りながら、瞳は晴太に返事をした。彼女の表情には一切の迷いもない。
詩織のカミングアウトを見届けてから、胃の重い感じがすっかりどこかへ消えていた。
「言いたいことはちゃんと言わなきゃ伝わらない、ね」
瞳は言って、受話器に手を伸ばした。
エスケープ ものが太郎 @monogatarou
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