第8話

 しばらく間が空いた後、詩織が急に泣き始めた。

 最初は小さく鼻をすする程度だったが、徐々に声が漏れ、ついにはしゃがみ込んでしまった。その顔は小さな手のひらでおおわれている。


「ううっ……うううっ」


 泣くといっても泣きわめいているわけではなく、声を押し殺しながらすすり泣いているような感じだ。


「……ちょっと、星野さん!? 急にどうしたの? 私、何かいけないこと言っちゃったかしら? ねえ……」


 急に泣き出した詩織を前に、瞳も気が動転してしまった。泣いている理由が分からないもどかしさと、普段"無表情"な彼女が泣いている姿に戸惑いを隠せないからだ。


「うわ、何あの子。泣き方キモいんだけど」

「ウケるー」


 声の方向に目をやると、そこには二人組の女子高生が立っていた。二人とも髪を茶色に染めていて、制服をラフに着崩きくずしている。スカートは、今にもパンツが見えそうなほど丈が短い。


「これ、Twitterに上げたらバズるんじゃね?」

「いいねー、ウケる」


 そう言うと、ツインテールの方の女子高生がスマホのカメラを詩織に向けようとしていた。


「あんた達! 何してるの!」


 慌てて、瞳は間に入った。

 詩織の前に立ち、手を大きく広げる。彼女をスマホのカメラで撮影できないようにするためだ。


「そこどけよ、おばさん。撮れなくなるじゃん?」

「いや、撮らせるわけないでしょ? あんた、何考えてんの?」

「何って、Twitterに上げるためだけど? こんな変な泣き方、絶対バズるっしょ。あ、ちなみに写真じゃなくて動画ね。ここ重要」

「ウケる」


 女子高生二人は悪びれもせず、さも当然かのようにスマホを構えている。


「スマホを仕舞いなさい」

「やだよ、バーカ」

「もう一度言うわ。スマホを仕舞いなさい」

「早くどけよ、おばさん」


 瞳の中で"何か"がぷつんと切れ、気がついたら女子高生二人組の方へ駆け出していた。


 その距離は、たった数メートル。

 あっという間に、彼女たちの目の前に辿り着いた。


「あんた達、バズれば何したって許されると思ってんの? バズるためなら人の泣き顔をアップしてもいいと思ってんの? もしそう思ってるんなら、あんた達もう人間として終わってるよ」

「はあ? 何このおばさん、マジになっちゃって。うざっ」

「さすがにウケないんだけど」


 二人は互いに顔を見合わせ、後ずさった。

 瞳は、彼女たちをずっと睨みつけている。


「……はー。このおばさん、キモっ。行こ」


 そう言い捨て、二人の女子高生は立ち去って行った。

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