第4話

 翌日も、詩織は出社しなかった。


 昨日に引き続き、電話も繋がらない。スマホの電源が入っていないのか、ただ単に圏外なのかも分からない。詩織が何か事故に巻き込まれたのか、それとも別の理由があってなのか。連絡が取れない以上、確かめようがなかった。


「本当に、どうしたのかしら……何か事件に巻き込まれたとか?」

「いや、でも、さっきからニュースとかチェックしてますけど、それらしい報道は何もないっすよ?」


 瞳と晴太は互いに顔を見合わせながら、詩織の音信不通の原因を探っていた。


 ケータイやスマホの普及が進み、現代はいつでもどこでも連絡が取れる”繋がりの時代”だ。だからこそ、連絡が取れないということが、非常事態のように感じられてしまう。


「やっぱり、私がきつく言い過ぎたのが原因なのしら……」


 一度気になりだすと、些細な不安事も"芋づる式"で気になる。瞳は周りからはサバサバした性格だと思われているが、実は人一倍繊細な性格だ。


「もし……もしもだけど、自殺とかだったら……」

「いやいや、それは流石に考えすぎでしょう?」

「でも、ある日突然自殺する人が多いって聞くじゃない? ニュースとかでもさ、"まさかあの人が自殺するなんて思ってませんでした"みたいなインタビューもあるしさ……」

「まあ、それはそうですが……」


 自殺という線は考えたくなかったが、現時点では可能性はゼロとは言い切れない。

 晴太もつい、同意してしまった。


「じゃあ、ご実家に電話してみたらどうですか?」


 エンジニアの日向朋美ひなたともみが作業の手を止めて、そう言った。


「え?」


 瞳と晴太は全く同じリアクションをして、朋美を見る。


「だって、それが一番手っ取り早いでしょう? ここで、うだうだと考えてても何も進みませんよ?」


 普段はおっとりとした性格の朋美だが、ここ一番という時の決断はとてつもなく早い。エンジニアという仕事柄、常に"プログラミング的な思考"をしているからなのかもしれない。


「そうね、そうしてみるわ。ありがとう、日向さん」

「いえいえ、どういたしまして」


 そう言って、瞳は社員名簿を探し始めた。

 朋美はまた、作業に戻っている。


「社員名簿、持って来ましたよー」

「あ、ありがとう」


 話を聞いていた晴太が、いつの間にか社員名簿を持って来てくれていた。

 瞳は社員名簿を手にし、緊急連絡先欄きんきゅうれんらくさきらんに書かれている電話番号を見た。そこには"実家"と記載されている。


「じゃあ、今から電話してみるわね」


 瞳が電話機に手を伸ばした瞬間、同じタイミングで電話が鳴った。

 反射的に、慌てて受話器を取る。


「はい、ドルフィンスルーです!」

『あ、マイファームの富永とみながだけど。月島さんいる?』


 一瞬、電話先の相手が誰か、理解できなかった。瞳の頭の中は、詩織のことでいっぱいだったからだ。


「……私が月島です。お世話になっております」


 一呼吸おいて、瞳はいつも通りの電話応対を始める。


『あのさ、この前のヘッダー画像なんだけどさ、あれ修正してくんない?』

「はい?」

『いや、だから、修正してほしいわけ』


 マイファームの富永正志とみながまさしは、コーチング業を生業としている。そのコーチング用のホームページを先月、瞳たちが制作した。ヘッダー画像の担当は、詩織だった。


「申し訳ありませんが、ヘッダー画像は既に"納品済み"となっています。そのため、今からの修正作業ですと別料金をいただくことになりますが、それでも宜しいですか?」


『えー、お金かかるの? 前は無料でやってくれたじゃん。"ちゃちゃっと"手直しするだけでいいからさー』


 以前、別の仕事をしたとき、富永からの無茶な修正依頼があった。瞳は別料金での対応をすべきだと社長に主張したが、無料で修正する羽目になった。しかも、ちょっとした修正ではなく、"ほぼ丸ごと"作り直しをさせられたのだった。


「申し訳ありません。社の規定により、納品済みの修正は別料金での対応とさせていただいておりますので……」

『社長は?』

「はい?」

『社長に代わってくれる? あんたじゃ話にならんわ』


 瞳からの返答が気に食わなかったのか、富永の口調が急に変わった。


「申し訳ありません。社長は一ヶ月ほど海外出張に出ております。そのため、社内にはおりません」

『あっそ。じゃあ、社長のケータイにかけるわ』


 そう言い終わるや否や、富永は電話を切った。


「あのチョビひげ親父めがっ! 納品後の無料修正とかさ、明らかに契約違反じゃん! 契約書、ちゃんと見てんのか? 社長の親友だからって、調子にのるな! アホっ!」


 瞳はつい声を荒げ、受話器を乱雑に叩きつけた。

 周りは一瞬シーンと静まり返り、瞳の方を向いている。


「……あ、ごめん。ごめんね、仕事中に。大人気なかったわ」


 謝ると、瞳は席を立って玄関の方に足を進めた。


「ちょっとごめん、五分だけ席を外させて……」


 ドアを開け、瞳は外へと足を踏み出した。

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