第1話

「星野さん、ちょっといいかしら?」

「はい。何でしょうか」


 株式会社ドルフィンスルーのオフィスは、2LDKマンションの一室を借り上げている。

 二人住まい用の室内に社員が七人も入室すると、物理的な圧迫感を感じざるを得ない。


 ぎちぎちと狭い通路をこけないように歩き、詩織は瞳のデスクまでたどり着いた。


「あのさ。このバナーの件なんだけど。どこをどう修正したのかしら?」

「はい?」


 瞳の問いかけに対し、詩織は無表情で返事をした。


「いや、だから。わたしが修正依頼した箇所が"ひとつも反映されてない"んだけど?」

「はい」

 

 生返事をする詩織に、瞳はカチンときて、少し声を荒げる。


「これ見て? この赤ペン入れてるところが、わたしが修正を指示した箇所。でも、星野さんは全く修正してないよね? 何で?」

「すみません。見落としてました」

「こんなにハッキリと赤ペン入れてるのに、普通見落とすかしら?」

「すみません」


 詩織の無表情は一切変わらない。悪びれる素振りもないその態度が、さらに瞳をイライラさせた。


「ゴールデンウィーク明けでボケてるのかしら? 顔を洗って、しっかり修正して。提出は、一時間以内にすること。分かった?」

「はい」


 短く返事をすると、詩織は自分の席に戻った。タブレット端末とスタイラスペンを手にし、修正作業を開始する。


 いつも能面のような無表情の詩織だが、この日はいつも以上に無表情だった。

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