「ウェブ小説」
「どうしたらPV稼げますかねー」
「あれ? 先生もついにウェブ小説始めたんですか」
「えぇまぁ。アカウント名は全然別のですけど」
「私、報告受けてませんよ」
「え? ダメでした?」
「いえ別に。副業とか兼業とか、そういうのは別にいいんですけど」
「じゃあ、何が?」
山口さんは少し表情の変化に乏しい人だけど、その些細な変化を見逃さずにある程度の感情を察せるくらいには長い付き合いになった。
そしてその経験が今、軽い警鐘を鳴らし始めている・・・!!!
「別に大したことじゃありませんよ。そんな時間があったなら先月も、その前も、あの時もこの時も、私が先生の事を信じて締切りを延ばす為に関係各所に頭を下げて回ったあの時間はもしかしたら必要ないはずだったのかなぁとか、考えてませんよ?」
「すいませんでした」
一部の隙も無い完璧なフォームだった。
こういう時は躊躇ってはいけない。そのくらい、いくらボクだって学んでいる。
「問題が発生した時の対処法より先に、まずは問題を起こさない方法を学びなさい」
「はい」
ど正論でした。
いやぁ美人に笑顔で凄まれると迫力あるよね。クセになりそう。
「あれ? でも先月、協力会社への挨拶ついでに経費でちょっと温泉めぐりして来まちゃいました、って上機嫌で・・・」
「なんですか?」
「その節は大変御迷惑をおかけしました」
再びのスマイル。
秘密ですよ♪って上機嫌でしっかりお土産までくれたけど。
「それで、どんなの書いてるんですか?」
それから何事もなかったかのように話の筋を戻す。この切替の速さはさすがである。
別に隠すつもりも無いのでとりあえず今使っているサイト名とアカウント名を明かす。
「まぁ、いつもと似たり寄ったりですよ。思いついたネタを適当に書き散らしてるだけって感じで」
商業作品でもないのでちょっときわどいネタでもお構いなしで本当に気ままに書いている。
誰にも怒られず好きに書けるので徹夜明けのテンションでハイの時とか超楽しい。
「あ、この話とか面白いじゃないですか。普通に今連載してるヤツでも使えそうなのに勿体無い」
自分のスマホから同サイトにアクセスしたらしい山口さんは次々と掲載作品を閲覧していく。
編集さんに読まれると検閲感が酷い。
なんとも言えないむず痒さの中、なんとなく姿勢を正して待つこと十数分。
なんだか微妙に言いづらそうな感じで山口さんが口を開いた。
なんだろう、ぶっちゃけ自分でも何書いたかよく覚えてないのもあるけど、そんな卑猥なやつでもあっただろうか。
と思ったけど、それは無いハズだ。
ボクはその手のジャンルは大の苦手だ何故なら経験が無いから言わせんなよバカヤロウ死にたくなってきた。
「こほん。えー・・・それで、ですね。いくつか先生に確認したい点があります」
「ア、ハイ。ナンデショウ」
「先生はあまり登場人物の名前を出さない場合も多いですけど」
「そうですね」
シリーズものだと中々そうはいかないけど、読みきりとかだと確かにボクはよくそういう手法を使う。
だって考えるの面倒だし。
あとセンスが酷いとよく言われて、名前の修正だけでちょっとした時間山口さんと揉めた経験も何度かある。
この間なんか「いえ、これだと画数が」とか妙な指摘をされたり、最終的に「じゃあ私たちの名前から一文字ずつ取って」とか言われたこともあった(最終的にボクの方が折れた)。
「設定や世界観が違うだけで、スピンオフとかifストーリーだとか・・・同じ登場人物だったりはしますか?」
言われて、これまで書いた作品に思いを巡らす。
基本的には気分転換に書くことが多いので、大半はいつもと違うものを、というつもりで、全然違うものを書いていたハズだ。
「いや、普通に全く別の作品ですけど」
「そっ、・・・・・そう、ですか」
ボクの答えに山口さんは気まずそうに目を逸らす。
はて何ぞ不味かったかのぅと考えていると、目を合わせないまま、非常に小さな声で山口さんが答えをくれた。
「その・・・ヒロインの描写に非常に類似項が多く見られたもので」
「あ」
なるほど。気ままに書いてただけとはいえ、名前が無いというだけで混同されてしまう程バリエーションが無いという引き出しの少なさは、確かに作家の端くれとして非常に不味いかもしれない弱点となる。
交友関係の狭い僕は、意識的にしろ無意識的にしろ身近な人ばかりをモデルにしてしまいがちかもしれない。
それはきっと今後も仕事を続け、いくつもの作品を手がけていく上でじわじわと効いてくることになるだろう。
山口さんはそれを伝えようとしてくれていたのだ。
「すいませんでした!」
「・・・はい?」
「仕事ではない、制約のない場ということでつい、ボクはただただ自分の理想ばかりを書き散らしてしまっていました」
「! ほ、ほほほぅ、りり理想、ですか・・・」
声が上ずっている!
これは多分あれだ、必死に感情を押し殺している感じだ。
山口さんは今・・・・・そうとう御立腹だ!
長年の経験がそう言っている!
しかし感情的にならずにボクなんかを導こうとしてくれているこの人に報いたい。
そう思った。
これからは心を入れ替え、真摯に向き合おう。
「なので、山口さん」
「はい」
ボクが真剣な表情で呼びかけると、何かを察したのか、山口さんも覚悟を決めた表情で向き合ってくれた。
「ボクはちょっとこれから社会勉強に行こうと思います」
「・・・・・社会勉強、ですか?」
何を言われたか解らないような、いやきっと違う。
さっきまでのボクならそう勘違いしていたかもしれない。
これはおそらく何も言わないのではなく、ボクの判断を真剣に吟味してくれている顔だ!
決して見当違いの返事に思考停止しているキョトン顔なんかじゃない。
頼りになる師に見守られながら、ボクはすぐに行動に移った。
ポケットからスマホを取り出して慣れた動作で友人の番号を呼び出す。
「あ、○○今時間ある?」
『おー、モドキからかけてくるなんて珍しいじゃん。時間なら大丈夫だけど、どした?』
電話の相手は同期の同業者だ。ボクみたいなヤツでも時々飲みに誘ってくれる貴重な友人であり、ボクが次のステージに進む為にはこいつの協力が必須であると判断した。
「飲みに行こう。今から」
『あ? ホント急だな。まぁいいけど』
「よし。じゃあ今からそっち向かうよ」
『あいよー』
準備が整ったところで再び山口さんに向き合い、決意表明する。
「今からちょっとキャバクラ行ってきます!!」
「・・・・・・・・・はぃ?」
以前から言われていたけど、ボクの書く話はキャラクターが弱い。人付き合いが苦手なせいだと思うし、自覚も焦りも多少はあったけど、克服しようにもやはりどうしても尻込みしてしまっていた。
これはいいキッカケなんだ。
だからもっと人との会話に慣れる事と人脈拡大と人間観察とええいもう建前なんかはどうだっていいんだよおねえちゃんたちときゃっきゃうふふしたいんだよ「というわけで行ってきます!!!」
というワケでスマホと財布だけポケットに突っ込んで、ボクは自宅を飛び出したのだった。
その後、山口さんの作品に対する指摘や作業スケジュールの管理が非常に厳しくなったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます