5言目「おっぱい」
いつもの安居酒屋。
今日もなんやかや理由をつけて、山口さんを飲みに誘った。
結局なんやかやで、今日もこの人は付き合ってくれる。超いい人。
程よく酔いが回って来たところで、ボクは今日誘った真の目的に移る。
「やることが無くて落ち着かない様子をなんて言います?」
「・・・手持ち無沙汰、ですよね?」
「ちっ」
「なんで舌打ちされたんですか」
だって筆業の身として負けた気になるじゃないですか。
まぁクイズは正解しようがしまいがどちらでもよかったんだけど。
「ボク最近までこれを『てもちぶさ』だと思ってたんですよ」
「はぁ」
「それで今日、仕事してて気付いたんですけど」
「普段からしてれば『仕事してて』という枕詞は必要無いはずですけど」
え? 何キコエナイ?
「『てもちぶさ』って打ち込んだまま変換するわけですよ」
無視して会話を続行する。
こっからが大事なんですから。
「聞いてませんねそうですね」
「『手も乳房』って出てなんか興奮しました!」
「もう帰っていいですかね」
「そこでふと、気付いたんですよ」
「え、まだ続くんですかコレ?」
まだまだこっからです。
「二の腕とおっぱいは柔らかさが一緒だと聞いたことがあるのですが」
「んなわけないでしょ」
「ボクは考えました。おっぱいと二の腕が同じ肉質であるというのなら、はたしてどこまでがおっぱいで、どこからが腕なのだろうかと・・・」
「哲学っぽく言うのやめてくれます?」
「そこに境界はあるのかいや無いッ、これすなわち全ておっぱいなのではないかとッ‼」
「その理屈で行くと肩もおっぱいですか」
山口さんの的確なツッコミに、いや託宣に、ボクは天啓を受け感動に打ち震える。
「貴方は神ですか⁉」
「いえ編集者です」
むしろ魔王的な存在でした。
「この命題、解き明かさないワケにはいかないと思いませんか?」
「思わねーよ」
だいたい流れを察したのか、表情が抜け落ちていく。
「触らせろと?」
「OH,YES!!」
さすがマイ・編集、以心伝心ベストパートナー‼
グッジョブ!
と親指を立てて追加でウィンク☆
「それを言いたいが為だけに今日飲みに誘われたんですかね」
そりゃこんなこと素面で言えるハズがない。
ついでに山口さんも酔わせて判断力を鈍らせちゃえ!
っていうのが本日のさくせんでした。
「ハァ、仕方ありませんね」
何故か山口さんはイスから立ち上がった。
そしてボクの背後に回り、そっと肩に手を添える。
「え、なんですか? あ、もしかして顔見られながらだと恥ずかしいタイプですかでもこれだとボクはどうやって触ればばばばばばばばぁっ」
「男性には『おっぱい』は必要ないはずですよね」
油断しまくりだったボクに躊躇なく関節技を極める編集。
「いやいやいや肩が取れる取れちゃう! お仕事出来なくなっちゃう‼」
「左手あれば十分出来るでしょう」
さらに力が強まる。
「のおおおぉぉぉっギブギブギブギブです!」
「
「今そー、ゆー、のッ、要りま、せんから‼」
そろそろ人としてのシルエットが保てなくなってきた予感がしますけどッ
「足の指でもキーは打てるし、・・・あ。音声でも出来るんですし、作家って最悪首から上だけあれば仕事出来ますね」
さも名案とでも言う様に朗らかな声で語る。思想がヤバい!!
「おっちゃんこの猟奇殺人犯止めてぇ‼‼‼」
ひょこりと厨房の方から店長のおっちゃんが顔を覗かせる。
「すいませーん注文いいですかー?」
「あぃよー」
別の大学生のグループに呼ばれ、何食わぬ顔でそっちの対応へと向かってしまった。
「今確実に目ぇあっただろ!」
ちくしょうっ、と叫ぶ間もボクの方はミチミチと悲鳴を上げる。
「けど死体の処理って結構手間がかかるみたいなので、やっぱり今日のところはやめておく事にしますか」
山口さんが残念そうに呟いてほんの少し力を緩めた。
ていうか山口さんにとって死体の処理は「手間がかかる」程度のことなのかと戦慄を覚えずにはいられない。
「けど不愉快だったのでとりあえず右手だけでもイっておきましょうか」
「待って下さい世の男性にとって『右手』というものは恋人とも呼ばれる神聖な、」
「本人ではなく『ムスコ』の恋人だから別にいいでしょう?」
「実はボクNTR属性がはああああああああああぁぁぁ‼‼」
再び拘束と怒りのオーラが強まる。
場を和ますために冗談を言ったつもりが大失敗だった。
「じゃじゃじゃあ、間を取って代わりに山口さんがボクの恋人に納まってくれるというのはどうしょうッ‼」
何がどう間をとっているのかは知らんけど!
ピタリと色々止んだ。
ビキリと肩が鳴った。
アレ?
肩イッたか?
そしてボク今何て言った?
痛みのあまり錯乱して何を口走ったか解らない。
痛みが最高潮に達し、跳ね上がったボクは拘束を脱しイスから転げ落ちて床をのたうち回る。
そして涙目で見上げた先。この暴行に及んだ犯人はというと、
「店長、お騒がせしてすいません。ご馳走様でした」
さっさと会計をすませて帰ってしまった。
今日は武力行使にでた分、いつもに増して扱いが酷い。
「くっそぅ、これはメジャーのマウンドに上がる夢は諦めるしかないじゃないか」
「お前意外とまだ余裕あんのな」
と、今頃のこのこ顔を見せるおっちゃんからのツッコミは無視する。
とりあえず変調がないか、バカな夢を呟きながら肩をぐるんぐるん回して確かめた。
あれ?
何これ超軽いんですけど!
整体術⁉
すぐにくっつく様に折った。むしろ前より丈夫になるよ的な武術の達人がやるヤツみたいだ・・・
ともあれ。
結果的には肉体的なダメージもゼロだったけど、すっかり酔いも醒めてしまった。
かといって一人で飲みなおす気もないが。
「おっちゃん。お会計」
「あぁ、今日はいいよ。俺からの祝いだ」
ニカっと男前の笑顔で素敵な提案をしてくれる。
何の祝いだろう?
全く心当たりはない。むしろ迷惑しかかけてないまであるが。
まぁ貰えるものは貰っておくが。
「あんがと。それじゃごっそさん」
「応、いいってことよ」
「お礼に今度、作中でここをモデルにした店登場させるよ」
「かっ、先生の本じゃ広告としちゃ頼りねぇなぁ」
「うっせ。今に見ててよ」
店を出て、空に向かって吠える。
「さぁーて、書くぞぉー!」
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