4言目「ファンタジー②」
カタカタカタカタ、
カタカタカタカタ、
カタタタタタタタタ、タッタカターっと。
カタカタという音が不規則に鳴り響く。
この部屋にはコダマでも住んでいるのだろうか。あれ暗い所でみたら絶対怖いとボクは思います。
まぁ音の正体は森の精霊でもなんでもなく、ただのキータッチの音である。
「あー、書けない」
そして数分ごとに打ち込んだ文章の全消し。しっくりこない。
今日は多分ダメな日だね、きっと。
「いつものことですね」
「さっすがー、山ちゃんてばよくわかってるぅーぅ」
「へらへら笑ってんじゃねぇよ」
目がマジだった。
「で、今はどんなの書いてたんですか」
読んでいた文庫本をパタンと閉じて向き直る。サボr、休憩モードから仕事モードへと切り替わったようだ。
「一応、ファンタジー系です」
覚え書きみたいなプロットを数枚まとめて手渡す。
パラパラと捲る手つきも文字を追う目の動きも非常に滑らかで淀みない。
「ふむふむ・・・クソですか」
「えぇそうなんですよ。同級生に虐められて便器で流されて異世界に、」
「そういう作品はすでにありますしクソなのはプロットと先生に対する評価です」
あ、ハイ。
知ってました。両方。
「最近ボクに対する暴言に遠慮がなくなってきましたよね」
「だって、ハッキリ言わないと先生、私の気持ちにいつまで経っても気付いてくれないんですもの」
「わーいラブコメヒロインのセリフだー」
ご丁寧に照れ顔付きの大サービス。
「オカシイな。怒気しか伝わってきません。ボクの対人センサー狂ってます?」
「十全に伝わっている様でなによりです」
やっぱりセンサーの誤作動ではなかったか。
「しかしどうしてまたファンタジーを? 確か苦手だとおっしゃってましたよね」
こてり、と首を倒す仕草は年齢の割に幼くて可愛らしい。
「まぁ苦手克服というか、書かないことには上達もしないかなと」
「意外にも殊勝な心掛けですね」
「あと流行りに乗っかって適当に転生してチート貰って無双させときゃ、絵師さん次第でどうにかなるかと思って・・・」
「やっぱり先生は先生でしたね」
だってラノベなんてイラスト次第でしょうが(※所説あり)
「でも設定がね、なかなか思いつかないんですよ」
「結構掘りつくされちゃってる感もありますしね」
「かといって斬新過ぎる転生してもすぐネタが尽きそうだし」
最近ではもはや生物以外に転生するイロモノとしか思えない作品も見かける。
あんなのでちゃんとヒット作や長期連載を目指せるのだろうかと、むしろ心配にさえなる。とりあえずボクには無理だ。
「じゃあ例えば先生はどんなチート能力が欲しいですか」
「ボクですか?」
「とりあえず王道のパターンで考えてみましょう」
「なるほど」
「先生って結構、主人公っぽい雰囲気ありますから大丈夫ですよ」
「マジすか」
なんと。そんな評価は人生初だったけど、周りからすれば僕もそんな風に見えているのだろうか。めっちゃ照れる。
「え~、そんなにですかぁ~? オーラとか出ちゃってます~?」
いいおっさんが年甲斐もなくグネグネと照れる。さぞかし気持ち悪い絵面だろう。
「はい。今にも異世界へと旅立たれそうですよ」
「待ってそれ転生前チート取得前のゴミスペックって事?」
「・・・・・」
「いい笑顔だけどもっ⁉」
否定してっ‼
「『大賢者』とか取得しちゃいそうですよね(笑)」
「今すぐ『捕食者』になってもいいんですよコンチクショウッ‼」
「・・・出来るんですか? 先生に」
その途端、山口さんの目が怪しい輝きを帯びた。
普段の仕草がちょいちょい幼いくせに、時々年相応の魔性な雰囲気を垣間見せる。
「調子コいてすいませんでした」
大賢者(笑)のボクには到底太刀打ちできる相手ではない。神速の土下座スタイル。根っから社畜のボクは完全な被食者側だった。
「・・・・・・ヘタレ」
ぼそりと呟かれた言葉。
その時山口さんがどんな表情だったかは、土下座のせいで見れなかった。
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