2言目「得手不得手」

ピンポーン、と滅多に使われる事のないインターホンが仕事をしている。

応答する前からこの時点で誰が来たかは解った。

滅多に来客のないこの部屋で、しかもインターホンを鳴らして入ってくる様な常識ある相手なんぞほぼ限られている。


「どぉーz「(ガチャガチャ)おじゃまします」ぉー・・・」


日中は殆ど家にいるので、基本カギはかけていない。盗られて困るものもないし。

向こうもそれを理解しているので、最近は返事を待たずに入ってくる様になってきた。


「進捗どうですか先生」

「あっはっは。進んでないからわざわざ山口さんがプレッシャーかける為にボクのうちこんなとこまで来てるんじゃないですか」

「いい笑顔でゴミみたいなことおっしゃらないで下さい」


ここでため息一つで済ませてしまえる山口さんはやっぱり聖人だと思う。前担当なら迷わず命を刈りに来る。アレはアレで相当にクレイジーな人だったが・・・


「まだプロットすら出来てないんですから、先生はもう少し焦った方が良いかと」

「全くもって仰る通りですな」

うんうん。

「返事だけはいいんですけどねぇ」

うんうん。

「先生は書きたい話の一つや二つないんですか」

「そりゃ勿論ありますよ」

「どんな話です?」

「売れるやつ」

「腎臓は片方なくても大丈夫だそうですけど」

「マジか天然か冗談か判断つかないやつやめて下さい」


ボクの印象だとこの人、4:6:0くらいの比率で言いそう。常識人なんだけど、割と

天然比率は高い。


「まぁ売れる売れないはさておき、とりあえず一作書き上げましょうよ」

「そうですね」

「先生の本なんてどうせそんなに刷る予定ありませんし」

「待って? 今さらっと酷いことゆった?」


だから淡々とし過ぎてて分からないのよこの人。


「とりあえずジャンルから考えましょうか」


山口さんは鞄からメモ帳を取り出して開き、ペンを下唇に当てて考え込む姿勢をとる。なんかその仕草エロいなぁーとか思いながら唇に当てたペンを眺めていた。


「売れる予定も売る予定もありませんけど、流行り云々で考えるならファンタジーやってみますか? 異世界転生ものとか」

「ちょっと引っかかる発言もありましたけど、無しで」

「ミステリーはどうです?」「ちょっと難しいかなぁ~」「SFでは」「いやー」「恋愛」「無しで」


ぱたん、と山口さんがメモ帳を閉じる。

そのまま目を閉じて、右手ではペンをくるくると回しながら一人で何かを考え始めた様子だ。


「ふむ」


すぐに結論が出たみたいで、回していたペンもぱしっと回転を止めグーで握り直した。


「先生」

「はい」

「鎖骨って折れやすいうえに滅茶苦茶痛いらしいですよ?」

「その解答が導き出されるまでの問題文と途中式も教えて貰っていいですか」


とりあえず全力で謝罪した。

一応謝罪は受け入れて貰えたのか、山口さんの視線は再び手元のメモ帳に移る。


「先生の今までの傾向から行くと、現代ドラマか、なんちゃってファンタジーですが・・・」

「なんちゃって、って」

「どうせ売れないんだから少し冒険してみませんか。二つの意味で」

「リアルのおつかいクエストすらまともに出来ないボクにそれ言います?」

「まぁそんなに気負わずに、ダメならコンティニューすればいいじゃないですか。他社で」

「ちょいちょい毒吐くの勘弁して貰えませんか⁉」


今はポーション(酒)無いので。


「てゆうか、苦手なんですよね。ファンタジー系書くの」

「そうだったんですか?」

「たまに書いてみたりはするんですけどね・・・。毎回毎回、後から読み返した時に死にたくなるんですよ」


個人差はあるだろうけど、クリエイターズハイの状態は作業は進むけど思考ぶっ飛んでる場合が多い。むしろバーサークモードである。


「だから本人以外にも笑えるんじゃないですか。ストーリー関係無く」

「それ執筆中の作家さんに言ったらダメですよホント?」

「こんなこと、先生以外には言いませんよ」

「もっと違う場面で聞きたかったなー」


ホント、どこまで本気か分からない人だ。


「そういえば以前見せていただいたストックにSFもいくつかありましたよね」

「以前見せたストックに心当たりはありませんが、そうですね」


本棚の裏に隠してある学生のころから時々ノリだけで書いてた短編集だろうか。だとしたら超怖いが。


「SFもねぇ~・・・趣味で書く分にはいいんですが」

「何か問題でも」

「ヘタにその分野の専門知識もった読者にツッコまれるのが怖い」

「まぁ、そういう読者の感想も確かにいただきますね」

「だから歴史物とか本格ミステリとかもNGで」

「ほぼ全滅じゃないですか」


珍しく頭を抱える山口さん。

・・・・・なんだか申し訳ないなーと思ったので、とりあえずボクも腕を組んで困った感じの顔をしてみた。


「・・・」


山口さんが伏せていた顔をほんの少し上げ、上目遣いにボクを睨む。


「では、やっぱり恋愛ものしかありませんね」


微かに見える頬はほんのり赤く色づいて見えた。

あれ、ちょっと怒っていらっしゃる?


「あっはっは。ボクと一番縁遠いジャンルじゃないですか」


それとも遠回しなディスりだろうか。


「・・・・・実体験からでも参考にされてみては」


あ、やっぱりディスられてるわコレ。

もう呆れられてるようでさっきから視線も合わせて貰えない。


「あのですね山口さん。ボクもおねーちゃんのいるお店には時々同期の仲間とお酒飲みに行きますけど、あーゆー方たちとは結局いくら仲良くなっても実らないんですよ」

「・・・・・・・・異性なら他にもいるのでは?」

「あれ、妹いるって話ましたっけ?」

「・・・・・」

「え、オカンはさすがにないでしょう⁉」


最初から需要の少ないジャンルに踏み込む勇気はまだありませんよ?


「今日は帰ります」


あんまりボクがわがままばかり言うものだから、機嫌を損ねてしまったらしい。

スッと目を細めて立ち上がり、流れるような動きで玄関の戸に手をかける。


「・・・明後日、また伺います」


戸が閉まる直前、しっかりと業務連絡は怠らない。

あんなに真面目で美人で、しかも巨乳なのに、なんで恋人もいないのだろう。

まぁ、多分ボクが知らないだけか。


「・・・・・・さて」


とりあえず、仕事するか。

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