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「結花、結花」
耳元のすぐ近くで、自分の声が響く。まるで頭が、丸ごと小さなボールに包まれているようだ。身体に触る何かが冷たい。視界は黒い幕がずっと上下するのでいっぱいで、布が鼻を擦って少しかゆい。これはなんだろう、段々とはっきりしてきた意識に突如痛みが襲いかかって来る。
すると、ゴロリ、と何かが顔の脇へ降ってきたのがわかる。
それが何かわかる。
ゴロリ、の音で急に何もかもが変わる。リビングに立っていて、テーブルの上には大きなプレゼント。開けると頭、持ち上げると眼窩から蛆虫がこぼれおち、ぼとぼとぼと、足元にたくさん降り注ぐ。
思わず手を離すと、ゴロリ、急に何もかもが変わる。
暗い暗い廊下、高い高い天井を見上げると、女の人が立っている。波打つ金髪がたっぷりとしていて、豪華なフリルのドレス。とても背が高くて、見上げていると首が痛くなりそうだった。その女は、ゆっくりと此方を向こうとする。首がしだいに振り向こうとねじ曲がり、突然、ブロンドの頭が落ちる。重たそうに降って、降って、ゴロリ
結花の布団カバーを取り替えながら、またこの人形、と少し不気味に思いながらおもちゃ箱へ戻す。結花といつも寝る時は箱へしまうから、毎晩この人形は定位置へ戻るはずなのに、気付くと床や廊下に落ちているのだ。それも、結花が触ったはずもないタイミングで。おまけに今日は、頭と胴体が取れてしまっていたのが不気味さを増していた。ヘッドドレスのついた金髪を掴んで、力をこめて首をはめる。ふと、人形の頭と身体の色味が微妙に違うのに気がついた。フリルの袖から覗く手や、首筋はほの白く綺麗だが、頭は少しだけ茶けたような色なのだ。汚れなどではなく、素地から胴と頭がちぐはぐだった。おもちゃの詰め合わせが、量にしては安かったのは売れ残りや訳ありのセットだったからなのかとカモにされたようで悔しかったが、結花は気に入っているようだし良いだろう。結花はいたく大切にしていたおもちゃまでこんな風に乱暴に扱って、こんな悪い子では無かったはずなのに、物は大切に扱うようにまた教えなければ。洗濯機を回してリビングへ戻ると、真っ黒な窓からはもう何も見えない。キッチンの換気扇をまわして、今週のお弁当に使えるように、作り置きをして冷凍室へ。開けると仔羊の頭が鎮座しており、毎度心臓に悪い。ペットボトルのお茶を飲み干して、本体をゴミ箱へ投げ入れる。ボトルが使い切った黒テープの軸の山とぶつかり、かわいた音を立てた。
「結花、結花」
呼びかける声は吸収されてすぐに消えていく。こだませず、すぐ近くで呼びかける。
「結花、結花、結花」
結花の細い首に、くっきりと手の跡がついている。力なく横たわる結花。
これは夢なのだから、すべて大丈夫だ。美しい、死んでさえこの子は美しいのだ。
そっと、頬を撫でる。
インターホンの音で身体を起こした。いったい何だろうと服を整えて出てみると、結花のおもちゃが届いたようだった。急いで箱を開けると、中にぎっしりと頭が無い人形が詰まっていた。肌色の山にぎょっとしていると、山の中からひとつが話しかけてくる。うるさいと叫んで裏返すと、空洞だけがそこにあった。突如、カラカラと箱の中の人形すべてが笑い出す。口も喉も無い人形が笑い出す。
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