3 it
「ゆか、ゆか」
自分の声が響く。それも、まるで、自分の頭の中が広いホールになったような響き方だ。
闇だけが全てにしみこんだような通り道。歩いても足音はしないのに、どこからか唸るような音がする。暗闇、何も見えない。
「結花、ゆ」
グイと手をひかれ、叫ぼうとして、突然、口が動かせなくなる。息だけが喉から出て行き、言葉はどこにも飛んでいかない。
突然、手足が動かせなくなる。ぴたりと、まるでさっきまでとっていたポーズの型をとられたように身体が固まって、それ以外の体勢には1ミリたりとも動かせない。
何故か居る場所が揺れている。モーターの音だけが聞こえ、真っ暗で眠くて、何もわからない。
突如、とてつもない光が降って来る。違う、降ってくるのではなく、光の中に飛び込んだのだ、視界全てにちらばる強烈な明かりがチカチカして、すぼめた目に黒く大きな影、それは近付いて大きさを増し、5本に裂けてこちらへ
インターホンの音で目が覚めた。部屋着が汗ばんでいる。窓を閉め切って昼寝したからだろうか。今は何時だろう、この家に訪ねて来る人に心当たりは無かったが、急いでモニター越しに確認する。つい昨日頼んだ結花の服だろうか、宅配便に慌てて応待し、段ボールを受け取った。箱は予想外に重く、クール便だから腕に冷たい。少しよろけて、宅配の人に心配されてしまった。大丈夫です、ありがとうとすぐ鍵を閉め、ダイニングテーブルの上へ箱を載せた。
中身は仔羊の頭だった。この頃知り合いの祝賀が続いたし、ギフトだろうか、中に入っていた説明書きや加工元の店のリーフレットも高級そうだ。どう料理するのか半ば困惑しつつ苦笑いをする。リーフレットをテーブルへ置き、テレビをつけたらもうすっかり日の沈む時間で驚いた。それにしても、見事な頭だ。見事なぶん、不気味とも言える。
結花が見たら怖がってしまうだろうし、傷み始めるのも嫌だからすぐに冷凍庫へしまった。一緒に寝ていた結花は、インターホンや箱を開封する音でも起きない。たくさん遊んでたくさん眠るのが子どもの仕事とはよく言うが、少し疲れさせ過ぎてしまったのかもしれない。やはり、もうちょっと運動させて体力をつけた方が良いだろうか。
夕食を準備していると、結花がソファでもぞもぞとしているのがカウンター越しに見えた。スープをよそった器を運び、食卓につく。結花はぼんやりとした顔でスプーンを握り、半分寝ぼけながらも、ゆっくりとスープへ手を伸ばした。リモコンを操作して、録画してある児童番組を流す。着ぐるみのキャラクター同士がお喋りし、ドタバタ劇を繰り広げる。
突然、カポッと着ぐるみの頭がずれるハプニング。収録されたものの放映だけでなく、生放送もやっているらしい。自分の幼年時代はどうだったか、思い返しても記憶はおぼろげだった。
ふと気付くと、結花がまるで器に屈み込むように俯いている。首が取れたのかと勘違いするほどのうなだれ様に、一瞬ギョッとする。具合が悪いのかと覗き込もうとしたところで、カチャ、カチャ、という小さな音がするのにも気付いた。ギュッと器を抱え込み、利き手でカタカタと器を引っ掻く結花の異様さに、一瞬硬直する。すぐに腕を器から離させ、スプーンも取り上げた。
何をしているのかと聞いても、何も答えない。ふざけているつもりなのか、うなだれていた頭を今度はぷいと背ける。友達から粗野な行動を学んでくるのか、今に限った話ではなく、絶対に聞こえている状況で結花と呼んでも反応しない時もあるし、本来の優しく素直な結花ならば有り得ない態度に思わず腹が立ったが、ぐっと堪えて器をそっと結花の方へ戻す。その時ふと、スープの具で入れたきのこが全てかさの付け根部分で切られているのに気付いた。まるで頭を切り離すみたいで悪趣味だ、こんな食べ物をコケにした悪ふざけを、とまた怒りがこみ上げる。テーブルマナーを教えなければ。
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