第一話-03
髪をさっぱりと整えて貰ってから元の部屋に戻ると、そこには瑞慶の姿しか無かった。天雅とぼんは何処へ行ったのか。思うが、詮索する程の関係でもない。
促されるままに座ろうとすると、バタバタと賑やかな足音が耳に届いた。
「主が戻って来たって!?」
「落ち着けバカ! 突っ走るな!」
足音と同様、賑やかに部屋に駆け込んできたのは、一人の青年だった。彼もまた、姫生の姿を見るなり目を見開く。
何なのだろう。ここの人達は皆、同じような反応をする。驚いたような、懐かしむような、慈しむような目で見る。自分は彼らを知らないのに。知らない、筈なのに。
「やっと会えた……主……」
「え、あの……」
目の前で片膝をつかれ、ただ姫生は戸惑うしか出来ない。主とはどういうことなのか、やっと会えた、とは?
「いい加減ヒトの話を聞けっての」
「いって」
飛び込んできた青年の後を来ていたぼんが、ぱしっと彼の頭を掠めるように叩く。大して痛くなさそうに言いつつ叩かれた頭に手を添え、青年は不機嫌そうに振り返った。
「何だよ、ぼん」
「何回も言わせんな。大将はオレらのこと覚えてねぇ。一人で盛り上がってんじゃねぇよバカライ」
「だって、此処に来られてるじゃないか」
「迷い子と同じですよ。たまたま辿り着いただけです」
淡々と、だがはっきりとしたぼんの言葉に今度は青年が戸惑う様子を見せ、それに瑞慶が返す。隣ではしゃらが片手を頭に添え、呆れた様子でため息をついていた。
彼らが何を言っているのか、分からなかった。
「主」「覚えてない」「此処に来られてる」「たまたま辿り着いた」
そう、たまたま辿り着いたのは事実だ。だが他の言葉はどういう意味だというのか。それが示すのは──
「私は、あなた達に会った事があるの……?」
それ以外のことは、分からなかった。何を覚えていないというのか。いつ会っていたというのか。そんなのは、知らない。
何とも言えない表情をして、ライと呼ばれた青年は姫生を見つめる。それに胸がザワつくのを感じて、彼女は思わず俯いてしまった。
「視ることを止めた時に、記憶も閉ざしてしまったのでしょうね」
中性的な、穏やかな声が聴こえて顔を上げると、部屋の入口に、これも中性的な顔立ちをした人物が立っていた。着ている着物の様子から考えると、男性だろうか。
ゆっくりと室内に入り、彼は姫生の前に片膝をつき頭を垂れた。
「私は
「他にも……?」
「はい」
現状、どうやら彼──和臣が一番話をしやすそうだ。だがその和臣も、詳しく話す気はないらしい。
顔を上げて、和臣は少し微笑む。
「今事細かに説明したところで、貴女が混乱するだけです。まだ『外のアレ』も片付いていませんし、先にそちらの処理をしてからの方が望ましいかと思われます」
「外、の……」
「貴女を追ってきたモノです」
「!」
「小物です。でも貴女を喰おうと躍起になっていますから、放っておけば何をするか分かりません」
思わず黙ってしまうと、徐々に真剣な表情になっていた和臣の目元が緩んだ。ゆっくりと顔を動かした彼は、しゃらに向くなり視線を止める。
「この中で彼女が持っていて違和感が無いのはしゃらでしょう。片がつくまで護衛として傍に居てあげてくれる?」
「いいわよ。でもそうするなら一つ、説明しなきゃいけないことがあるでしょ?」
細かな説明は混乱するかもしれない。だけどしゃらを連れ歩くのには説明がいる。どういうことなのか、これまでの話からは断片的過ぎて分からない。だけど彼らは、姫生が逃げてきたその原因を知っている。
だったら彼らは、『彼』に何が起こっているのかも知っているのかも知れない。「小物」と言った。『彼』のことを知っているのかも知れない。
目の前……少し身体をずらした和臣の隣に、しゃらが座る。向き合うように姫生も座ると、彼女は膝の前に手を置き、深く頭を下げた。
「名乗りが遅れてしまい申し訳ありません。私の本当の名は
「…………は?」
思わず間の抜けた声が零れた。
変わった名前だなとは思っていた。今流行りの「キラキラネーム」のようなものだろうかと。それが、彼女は今、何と言った? 簪? 付喪神?
何の冗談かと言いたくなるも、周りの反応はあまりに普通だ。皆『当たり前』のことのようにすました顔をしている。先の雰囲気から思うに、何でも顔に出そうなライでさえ。
「姫生様を追っているモノ……人間に小物が憑いてるだけですが、一度でも貴女に接触した事実がある以上、安易な方法で祓うわけにはいきません。故に、しばらく護衛としてしゃらを傍に置いてやって欲しいのです」
そう説明する和臣の表情も、話を黙って聞いている他の者の表情も真剣そのものだ。
……そういえば、和臣だけは普通の、ありふれた人間のような名前だ。しゃらに指示を出し、彼女はそれに従ったというようにも見えた。彼が彼女の主なのだろうか。簪の付喪神ということは、彼女は簪に姿を変えるということだろうか。見て見ないことには分からない。
ただひとつ確かなのは、彼女は姫生の護衛になったらしい。
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