第七章

最凶襲来①

 六人居る神階級勇者の一人であるディートを打ち倒したけれど、ダークエルフの森に歓喜の声が響くことはなかった。


 喜ぶには、あまりにも多くの同胞を失ったからである。


 ダークエルフの遺体は全て、大樹に囲われた共同墓地に埋葬された。


 ダークエルフは森から生まれ、森へ還ると信じられているのである。


 魔王派や非協力派などの垣根かきねはなく、ダークエルフらは皆一様に戦死した仲間を弔った。


 親を失った者は唇を食いちぎらんばかりに噛み締め、子を失った者は悲しみの涙を流し、友を失った者は口を真一文字に結んでいた。


「魔王様、王城には戻らなくていいのか?」


 重苦しい空気に耐えかねて、北の湖畔で物思いに耽っていると、チルリレーゼがやって来た。


 恐らく彼女も、俺を探すという名目で逃げてきたのだろう。


「アンリが上手くやってくれているはずだ、きっと、恐らく、多分」


 アンリには前科があるので、どうしても疑ってしまう。


「体におかしいところはないか? どこか痛んだりしたら、我慢しないでいうんだぞ」


「チルは俺の母親か」


俺は笑いながらいった。


「今のところは何の異常も感じない。流石はダークエルフの医療部隊、優秀だな」


「正直、今でも信じられないんだ。体内の構造そのものを変容させて、心臓を右に移動させたなんて。しかも、元に戻ってるし」


 最後の一撃、ディートは必ず心臓を狙ってくると信頼して、俺はわざと光の槍を食らったのだ。


 肺なども小さくしていたので、かなりの荒業だった。


「元々この肉体は土と魔素結晶で作られたものだ。魔素さえあれば、体の構造はいくらでも作り替えることができる。ま、本当に化け物みたいだな」


 口ではそういうが、肉体の変容はディートのように後戻りを考えず、感情任せのものであれば完成度の高いものとなるが、俺のように一時的な変容は、人間の想像力という曖昧なものに頼らなければならないのが難点だった。


 実際、俺が変容させたのは体内の構造だけだったのに、その影響が体表面や脚にも現れていた。


 元通りに戻れたのも、いや、本当にこれが元通りなのかわからなかったが、濫用しない方が吉なのは間違いなかった。


「魔王様は化け物じゃない! 嘘つきだし、ちょっと冷たいところもあるけど、とても優しい人なのはわかっているから。どれだけ凄い力が使えても、どのような姿になっても、魔王様は魔王様だ。それに、魔王様が居なかったら、あたしやもっと沢山の仲間が殺されていた。本当に感謝している。だから、あたしはどんな時でも魔王様の味方で居るって決めたから、その、苦しかったら、全部吐き出して。全部は受け止めきれないかも知れないけど、少しでも力になりたいんだ」


 チルリレーゼは感情たっぷりにフォローした。


「臣下に心配されるようじゃ、俺もまだまだ人の子だな」


 強張っていた心が、少しだけ弛緩しかんしたような気がした。


 お互い気恥ずかしくなってか、しばしの間、無言の時が続いた。


 チルリレーゼは湖から飛び出た大きな岩に跳び乗った。


「そうそう、言いそびれたけど、この後ささやかな宴を催すから、魔王様も参加してくれないか?」


「それは構わないが、切り替えが早いんだな」


「今日は死者を送り出すだけ。死者を悼むのは、この戦いが終わってからやればいい」


「そういうことか。割り切っているんだな」


「ま、そんなに上手く感情をコントロールできれば苦労はしないんだけどさ」


 チルリレーゼは困ったように笑った。




 チルリレーゼはささやかな宴といっていたが、ダークエルフたちは樽ごと葡萄酒を呷り、べろべろに酔っ払ってどんちゃん騒ぎした。


 酒の力を借りて嫌なことを忘れるのは、人間と同じか。


 そんな喧噪すら届かぬダークエルフの地下室、本来俺が召喚されるはずだった土塊が熱を帯び、仄かに光っていた。


 きっかけはこの地で勇者と魔王が衝突したことだった。


 止まっていた時計の針が動き出してしまったのである。


 どうして皆失念していたのだろうか。


 本来この世界に召喚されるはずだった三十人目の勇者がどこへ行ってしまったのか。


 次の瞬間、土塊から人間の腕が生えた。


 宴の席でクロロフィル特性の樹液を無理矢理飲まされようとしていた俺は、最強にして最凶の勇者が召喚されたことなど知る由もなかった。

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出来損ない勇者は、歴代最強魔王となって妹を救う。~次々に求婚され、魔族っ娘ハーレム状態に!?~ しんみつ @sinmitu64

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