光華⑤

「――まだだ、もっと速く」


 ディートの額にひびが入り、そこから黒い粒子が漏れ出した。


 ディートが光速移動し、そこから光の槍を突き出す。何度も繰り返される単調な攻撃である。


 光速で距離を詰めようと、そこから繰り出される槍の突き出しが、人間の腕力によるものなので、俺は対処することができていた。


 左後方からの攻撃に、俺は右方へ回避して対処した。


「ごふっ……!」


 胸の奥から熱いものが込み上げたかと思うと、俺は吐血していた。


 ディートの光の槍が俺の右脇腹から鋭角に入り、肺にまで達していた。


 通信装置の向こうで、チルリレーゼが悲痛な叫び声を上げていたが、ほとんど耳に入らなかった。


(幻影……?)


 光速移動と幻影を併用しただけだが、ディートは同時にパラを使えないというのが、俺の推測だった。


 実際、ここまでの戦いでディートは同時にパラを使っていなかった。


 まさか俺を油断させるために使えない振りをしていた。


 全てはこの一撃のための布石だったのか。


 いや、違う。


 そういうことか。


 今まで変容させていたのは体表面だけで、今度は体内を変容させることで傷を治して、さらに戦闘へ特化させたのか。


 額に罅が入った瞬間に、その可能性を考慮していれば、この攻撃を回避できたかも知れないと思うと、自分の鈍間加減が嫌になった。


「がはっ……!」


 ディートのむちのようにしなやかな蹴りが鳩尾みぞおちに入り、俺は血を撒き散らしながら地べたを転がった。


 俺は朦朧とする意識の中、木刀を杖代わりにどうにか立ち上がった。


「そうこなくっちゃなあ! まだまだへばってくれるなよ! こっちはお前に散々痛めつけられたんだからな! 『散弾光フォトン・ハイヴ』!」


「――!」


 ディートは無数の光の球を放った。


 どこにも遮蔽物や逃げ場などなかった。


 俺は両腕で頭部を守り、全身で光の球を受けた。


 一球一球は大したものではないが、肉をえぐるくらいの威力はあった。


 本当にただ、こちらをいたぶるためのパラだった。


「もう一発いくぜ、『散弾光』!」

「命乞いしてみろよ!」

「おまけだ、食らっとけ!」


 ディートが違和感を覚えたのは、四発目の『散弾光』を放った直後だった。


 閃光の中に佇む俺の影が、全く微動だにしなかった。


「道端の石にしてはよくがんばったではないか。まさか『昇華の声』を使わされるとはな」


 俺の肉体には傷一つ付いていなかった。


 寧ろ、光の槍による突き傷も治癒していた。


『循環の声』が擬似的な魔素の暴走だとすると、『昇華の声』は一時的な肉体の変容だった。


 俺の実力では、今のディートに対抗するには同じ土俵に立たなければならなかった。


 しかし、絶対に人間に戻れる保証などどこにもなかった。何せこの魔法を使うのは初めてだからだ。


 俺の状態を言葉に表すのであれば、細い紐一本を掴みながら激流に身を曝しているようなものだった。


 手を離しても、紐が切れても、二度と戻れなくなるのだ。


 俺の肉体的な変化は、外見上は微々たるものだった。


 骨が発達し、拳や腕の一部から突出していた。


 足はハイヒールを履いているように、爪先立ちになっていた。まるで発条ばねを取り付けているように、軽快だった。


「それがお前の本気か。とうとう追い詰めたぞ」


「そういう台詞は、自分にまだ奥の手がある時に使うものだが、これ以上何か策でもあるのかな」


「お前はまだ、僕の速さに付いてこれない」


 それがディートの最期の言葉だった。


 ディートは『肉叉光』を放つと同時に光速移動、幻影を生み出し、俺の心臓目掛けて『串刺光』を振り抜いた。


 鮮血が飛び散る。光の槍が、俺の左胸に風穴を開けた。


 俺は左胸を貫かれたまま身を捩り、ディートの額に力一杯木刀を振り下ろした。


 ディートは咄嗟に離脱しようとするが、光の槍が俺の左胸に突き刺さったまま抜けなかった。


「まっ――!」


 魔素を帯びた宝刀ミケは、木刀とは思えぬ斬れ味でディートの体を一刀両断した。


 命の尽きたディートは、光の粒子となって霧散した。


 人としての肉体を捨てたが故に、死体は塵一つ残らなかった。

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