光華②
ミエハル将軍の死が王国に伝わったのは、セイントアルター要塞戦から十日後のことだった。
明朝より、王城から西へ一キロほどのところにある祭壇場で、戦死した兵士らの追悼式が執り行われることとなった。
ミエハル将軍の遺体は王都へ送還されていたが、多くの兵士らは二度と王都へ帰ることはないだろう。
生き埋めになった者も、爆発に巻き込まれた者も、最早誰かはわからぬ肉片となっているからである。
俺は軍隊に所属しているわけでも、戦死した兵士と面識があるわけでもないので、追悼式には参加しない。
無論、それはあくまでも建前で、自分が間接的に殺した相手の葬式に行けるほど、面の皮は厚くないし、心臓に毛も生えていないからだ。
「こちらで最後です」
「はい」
城門前で、俺は司書長代理として戦死した兵士らの名簿を受け取った。
これを書物庫の決められた棚に収めるのだ。
中庭を抜け、書物庫へ向かう道中、何やらただごとではない声が聞こえてきた。
王城内の揉め事であれば、どうせ後々ナナナが噂を仕入れて話してくれるだろうが、俺は珍しく野次馬しに行くことにした。
柱の陰には、まるで樹液に群がる甲虫のように、使用人たちが身を隠すように集まっていた。
「どうかしたんですか?」
「それがですね、光の勇者様とシリルが……」
シリルとはディートの専属メイドの名である。
ディートが瀕死の重傷を負って、王都へ帰還した情報は三日前に入っていた。
「傷もまだ治っていないというのに、自分をこのような姿にしたダークエルフに復讐するといって部屋から出てきたそうです。きっと、頭に血が上っているのでしょう」
百聞は一見にしかず。俺は柱の陰から頭を出して様子を
頭のてっぺんから爪先まで包帯を巻いたディートが、自身の太ももにしがみついたシリルを引き剥がそうとしていた。
いつも化粧をばっちりと決めているシリルの顔は、泣き
「やだやだ、ディート様行かないで! 行っちゃやだ! 今度は本当に死んじゃうから! 死んじゃうから!」
甲高い声と乏しい語彙力でシリルは必死に叫んだ。
「離せといっているだろ、僕の命令が聞けないのか」
「シーの一生のお願い! 何でもいうこと聞くから、行かないで!」
「何でもいうことを聞くなら手を離せ」
「だから、それ以外だったら何でもいうこと聞くから!」
「うざいんだよ」
使用人たちの話によると、このようなやり取りを十分近くも続けているらしい。
(痴話喧嘩みたいなものだし、そのうち落ち着くか)
俺がそう思ったのも束の間、ディートから殺気を感じ取った。
詳しいメカニズムは知らないが、人間の怒りのピークは六秒といわれており、そこを過ぎると冷静な判断力が戻ってくるそうだ。
つまり、ディートは別にキレてシリルを排除しようとしているのではなく、単に邪魔だと考えて消し去ろうとしていた。
「あー、やってしまった」
俺は咄嗟に手に持っていた戦死者の名簿を落とし、わざとらしく声を張った。
「テンコウ?」
ディートがこちらを見た。目が合った。
「覗き見とはいい趣味をしているな、底階級のゴミが。そんなに僕のこの姿が面白いか?」
「人聞きの悪いことをいうなよ。俺は何とも思ってないぞ」
「いいや、お前のような根暗なめくじ野郎が、一番裏で悪口を言い触らすんだ」
「流石にそれは偏見が過ぎるだろ。それに勇者なら結果を示せば誰も陰口なんて叩かなくなる」
「まさかお前まで僕を引き留めに来たのか?」
「そんなことをして俺に何のメリットがある? ちょっと騒がしいから様子を見に来ただけだ」
俺は冷淡にいった。シリルを助けたのだって、咄嗟に体が動いてしまったからだ。
「ねえ、テンコウも一緒にディート様を止めてよ!」
「俺にディートを止める権利も理由もない」
「この薄情者! 仲間でしょ!」
「生憎、勇者同士に友情やら絆といった言葉は無縁なんだ」
「ふざけないでよ!」
シリルの気が俺の方へ散った隙に、ディートは乱暴に彼女を引き剥がし、十メートルほど離れた位置に光速で移動した。
「礼をいうぜ、テンコウ」
「待って!」
「僕の速さに付いてこれたら考えてやる」
音を置き去りにして、ディートの姿はなかった。
「ディート様――!」
泣き崩れるシリルを尻目に、俺はすぐさま自室へと戻って、チルリレーゼに連絡を入れた。
「チル、聞こえるか?」
「魔王様、どうした?」
俺の声色から、ただならぬ気配を察した様子だった。
「そちらに光の勇者が向かった。前にも話したが、俺の推測が正しければ、やつは数分でそちらに到着するはずだ。ドゥーベ隊、ミザール隊、アリオト隊に指定のポイントで待機するように伝えてくれ」
「わかった。あたしは司令室へ向かえばいいか?」
「ああ、そうだ」
激高したディートがダークエルフの森へ攻め込んでくる事態は、想定の一つだったので、事前に作戦は練ってあった。
とはいえ、傷も治りきっていないのに飛び出して行くのは、愚かすぎて流石に想定外の事態だった。
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