光華③

 王城からダークエルフの森まで、どれだけ急いでも三十分はかかってしまう。


 王城を出て、高級住宅街の街道を走っていると、チルリレーゼから続報が入った。


「光の勇者が三番地区に現れた」


 三番地区の位置は頭に入っていた。


 王都からの転移先は五番地区、三番地区からは四キロほど離れている。


 尤も、光速の前に四キロという距離は無に等しかった。


「あいつ、戦いに関係ない者たちまで無差別に攻撃している……! 許せない……!」


 チルリレーゼは怒りに満ちた声でいった。


「思っていたよりも時間がかかったな」


 一方、俺は冷静にそう分析した。


 ディートがパラを連続で使用できないことや、光速移動が目に見えている範囲にしかできないことは、前回の戦闘である程度推察していた。


 数秒間隔で目に見えている範囲に光速移動できる仮定で、王都からダークエルフの森まで数分といったが、実際には十五分近くもかかっていた。


 光線を放つだけなら数秒間隔だが、光速移動となると十秒以上の間隔を開ける必要があるのかも知れなかった。


「魔王様、部隊を動かしてみんなを助けにいかないと!」


「それはできない」


 俺は心を鬼にしていった。


「どうして!」


「やつの機動力は厄介だ。ここで確実に仕留めておかなければ、今後のさらなる被害に繋がる。チルの気持ちはわかるが、今だけ耐えてくれ」


「見殺しにするのか!?」


「セイントアルター要塞でやつを退けられたのは、不意を突けたからだ。真正面から増援を送っても犠牲者を増やすだけだ」


「それはそうだけど……!」


 チルリレーゼは何か言いたげだったが、それをぐっと噛み殺した。


 きっと司令室で悔し涙を流しているに違いなかった。


「魔王様、必ず光の勇者を倒して」


「約束しよう」




 高級住宅街を抜け、一般住宅街に入って程なくすると、人通りが増えてきた。


 もう少し進むと、市場へ抜ける大通りに入るので、この辺りはいつも混雑している印象だ。


 あれ以降、チルリレーゼは感情を殺し、逐一情報伝達に徹していた。


 俺は大通りへは向かわず、小道に入った。


 もうすぐで例の家屋が見えてくる。


「チル、五番地区の住民の避難は完了しているか?」


「みんなドライアドの森へ向かっている」


「よし。今からダークエルフの森に入る」


「気を付けて」


 いつもは人目がないことをしっかりと確認した上で民家のドアを開けるが、今は一刻が惜しかった。


 非魔王派閥のダークエルフ部隊は、四番地区で防衛線を敷いて応戦しているそうだが、既に壊滅状態だそうだ。


 光の屈折で幻影を作り出して陣形を攪乱かくらん、予期せぬ方向から光線を放ち即座に離脱、それを繰り返し、着実に防衛線を削り落としていったそうだ。


 やっていることは単純だが、対処の仕様がなかった。


 頭に血が上って、大規模なパラでも詠唱してくれない限り隙らしい隙はなかった。


 転移装置を潜り、ダークエルフの森へ到着した。


 平時とは違い、森がざわめいているような気がした。


 俺は仮面とマントを羽織り、地上へ降り立った。


 そこから東南東へ二百メートルほど進むと、一際大きな木々に囲まれた空間に躍り出た。


 ここがディートを迎え撃つために用意したフィールドである。


 俺は呼吸を整えると、体内で魔素を練り上げていった。


「光の勇者よ、いつまで無意味な殺戮さつりくを続けているつもりだ? 俺は東へ二キロのところに建っている見張り台の前に居るぞ。臆していないなら来るがいい。今度こそ、その身を燃やし尽くしてやろう」


 俺は『広域の声』でそう挑発した。


 光速の攻撃を繰り出すディート相手に居場所を知らせるのは、愚の骨頂と思われるかも知れないが、これ以上好き勝手に暴れさせて戦力を削がれるわけにはいかなかった。


 それに、ディートの性格であれば、不意打ちによる勝利ではなく、力でねじ伏せる勝利にこだわる確信もあった。


 それから一分と経たないうちに、ディートは俺の前に現れた。


 距離は十二、三メートルほど離れていた。


 ディートから一方的に攻撃できる距離である。


 そして、ディートの全身は包帯越しでもわかるくらい強く発光していた。


(パラの力に飲まれかかっているな)


 人心溶融マインドメルト。天階級以上のパラ使いが力の限界点を見誤って魔素を暴走させ、人間性を失い、周囲を巻き込んで崩壊する現象のことである。


「会いたかったぞ、魔族の王よ」


「俺の声はまだ届いているか?」


「どうした、まるで人を化け物のように」


 流石はパラの扱いに長けた勇者である。肉体が変容しても、意思疎通できる人間性は保っていた。


 言い換えれば、人間性を保ったまま、無抵抗のダークエルフたちを虐殺したことになる。


「今の姿が化け物ではないというつもりか?」


「この光り輝く肉体、美しいだろ」


 ディートは包帯を剥がしながらいった。


 ディートの肉体はまるで水面に揺れる月明かりのように、輪郭りんかくがはっきりとしないものとなっていた。


 魔素による肉体の変容、自身のパラを最大限に生かすための姿である。

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