第六章

光華①

 ディートが生まれ育ったのは、気候も秩序も安定した世界だった。


 国の意向を決めるのは王家の血を引く上級議会の一員だけで、人が人の上に立つことは禁じられており、万人が平等に暮らしていた。


 科学技術はリーンホープよりも発展しており、夜は明るく人々は眠らなくなり、通信技術の発展により距離の隔たりも薄くなっていた。


 少年期のディートは平凡な容姿で、これといった特技や特徴もない学生だった。


 普通といえば聞こえはいいが、何の印象にも残らない影の薄い少年だった。


 強いていうなら、物心付く前に母親が別の男と駆け落ちし、シングルファザーの家で育ったことくらいである。


 ディートが美に目覚めたのは、彼が十二歳の頃だった。


 中学生に進級する際、それまでの地味な学生生活を一変させるために、派手な髪型にして眉も整えた。


 すると、ディートを取り巻く環境に変化が見られた。


 それまで女子とほとんど会話したことがなかったけれど、向こうから話しかけてくることが増えた。


 元々異性に対して強い関心のあったディートは、何人かの女子に告白し、そのうちの一人と付き合うことになった。


 彼女ができると、異性との接し方がどんどんと上達していった。


 ある日、彼女の友達から告白された。


 彼女との関係にも飽きつつあったので、告白を受け入れた。


 二股になるが、二人の女子を自分のものにできるなら悪くないと思った。


 やがて二股が発覚し、言い寄られたディートは面倒臭くなって二人とも捨てた。


 元々大して好きでもないけど告白してOKの返事をもらったから付き合い出しただけで、未練もなかったからだ。


 それに、その頃のディートはモテにモテていた。


 どうせ次から次へと寄ってくるのだから、自分に都合のいい女子を見付ければいいと考えたからだ。


 しかし、自分に理想の相手に巡り会うことはなかった。


 そのうち、異性がただの性欲の捌け口にしか見えなくなってきた。


 ある日、見覚えのある女が家の前に佇んでいた。


 随分と前に、何回か遊んだことのある女だった。


 こんなところで何をしているんだと訊くと、寄りを戻したいなどとわけのわからないことをいってきた。


 ディートは当然それを断った。


 それでも女は食い下がらなかった。


 いい加減しつこかったので、ディートはお前を愛したことなんてないと冷たく突き放した。


 すると、女は手提げバックの中から銀色に光る物を取り出した。


 次の瞬間、ディートは見知らぬ地下室に召喚されていた。


 勇者になってからも、ディートの性格は変わらなかった。


 一度死んだくらいでは変わらないから、本質というのである。


 専属メイドにも手を出し、向こうもまんざらではなさそうだったが、従順すぎるのも玉にきずで、すぐに飽きてしまった。


 ハインケイルはこの世界に召喚された勇者は強い願望を抱いているといったが、ディートが求めているものは母親の愛情なのかも知れなかった。




「――おあっ!?」


 ディートは悪夢から覚め、飛び起きた。途端に、全身に酷い激痛が走った。


「うぐがああっ!?」


 ディートはベッドの上で海老えびりになった。


「ディート様がお目覚めになったぞ!」


 人類軍の衛生兵らしき男がいった。


 ディートは視線を右往左往させた。ここが王城の一室であることは理解できた。


 解せないのは、セイントアルター要塞戦へ参陣した自分が、なぜ王城のベッドの上で眠っていたのかということだった。


「教えろ、俺はどうなった?」


 ディートは苦悶の表情を浮かべながら、しゃがれた声でいった。


 衛生兵は逡巡していたが、ディートの鬼気迫る表情に恐れ、やがて口を開いた。


 戦いの顛末に関して、ディートは何の興味もなかった。どこの誰が何人死のうと自分には関係ないからだ。


 ただ、ダークエルフの炎弾を受けて大火傷を負い、六日もの間生死の境をさ迷っていたという言葉がいつまでも脳内で反響していた。


 勇者の肉体は魔素により細胞が活性化しており、傷の治りが早かった。


 しかし、元通りになるわけではなかった。


「鏡だ、鏡を持ってきてくれ」


 ディートは手鏡を渡され、そこに映し出された自身の姿を見て絶句した。


 髪は燃え尽き、皮膚はただれ、鼻は穴を残して溶け落ちていた。


 あの醜く生きている価値がないと思って消し飛ばしたゴブリンが愛くるしく思えるほど、ディートの顔はおぞましかった。


「あはははははははは――!」


 ディートは何の脈絡もなく、突然高笑いした。


「お気を確かに」


 ディートの気が触れてしまった思い、衛生兵は取り乱した。


「夢だ、これは悪い夢だ、そうに決まっている!」


 現実から目を背けるように、ディートの意識は再び深いところへと沈んでいった。

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