ゴブリン族殲滅作戦⑥

「止まれ、ダークエルフの女が何の用だ!」


 ゴブリンたちは長槍を構えながらいった。


「我ら『Revolution is power(革命は力)』同盟の長、テンコウ様をお連れしました。ゴブリンロード・ギルグニルからお話はあったと思いますが」


 チルリレーゼは長槍に臆せず、俺と初めて会った時と同じように、物腰柔らかそうな口調でいった。


 つい先刻まで俺とじゃれ合っていたのに、こういう感情の切り替えは本当に早かった。


 それと、初耳だが、同盟の名前があまりにも残念すぎる。


 RIP同盟の天光か。縁起えんぎでもない。


「おう、聞いているぜ。だが、そいつが本当に魔王である保証はないな」

「ないなないな!」

「ダークエルフの女、その服の膨らみは何だ? まさか武器を仕込んでいるんじゃないだろうな? ぐへへ」


 三匹の中で一番小さなゴブリンは、下衆げすな表情を浮かべながらいった。


「私は魔王様の護衛も兼ねているので、武器の一本や二本は当然所持しています」


(あ、武器は本当に持っているのか)


 目の前のゴブリンたちが取るに足らないほど小物だったので、俺は心の中でチルリレーゼに突っ込む余裕さえあった。


「ほら見ろ、武器を隠し持っているじゃねえか!」

「危ないやつだ危ないやつだ!」

「武器の持ち込みは禁止だぜ。尻の穴まできっちり調べてやるから、服を脱ぎな。ぐへへ」


「はあ、私たちこのような不毛な時間を過ごしに来たわけではありません」


 チルリレーゼは湧き上がる怒りを噛み殺していった。


 普段は子供っぽいが、こういうところはちゃんとできていた。


「ごちゃごちゃいってねえで、俺たちのいう通りにしな!」

「やっちまおうやっちまおう!」

「悪いようにはしないぜ。ぐへへ」


「いやはや、流石はゴブリン族、噂に違わぬといったところか」


 俺は不敵な笑みを浮かべながらチルリレーゼの前に出た。


「魔王は引っ込んでな! これは俺たちとダークエルフの問題だ!」

「そうだそうだ!」


「いいから俺をギルグニルのところまで案内しろ」


 俺は威厳いげんたっぷりに命令した。


「あうあ……、わかった……」


 それまで威勢の良かったゴブリンたちが、突如生気を抜き取られたように大人しくなった。


「魔王様、これは……?」


 チルリレーゼは目をきょとんとさせていった。


穏便おんびんにいきたかったが、これ以上放っておくとチルが爆発しそうだったからな。それとも、余計なお世話だったか?」


「そういうことじゃなくて、何をしたんだ?」


「ああ、これのことか。本には『支配の声』と書いてあったかな。ちょうどいい機会だったので、試させてもらった」


 人類がパラの研究成果を文献として残しているように、ダークエルフも魔法の研究成果を文献として残していた。


 いつの時代、どのような世界であれ、本という物はありがたい。


「『支配の声』だって!? 理論上は可能だけど、難しすぎて誰も扱えなかった一等級魔法だ。それをこの短期間で会得するなんて」


 チルリレーゼは驚きの表情を浮かべこそしたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「精度も威力もまだまだ改善の余地がある。もっと鍛錬しなければ」


「いっとくけど、あたしに使って変なことするなよ!?」


「心配しなくても、魔素の保有量が少ない下級魔族にしか効かない代物だ」


『支配の声』の原理は、声に魔素を使って意思を練り込むもので、体内に魔素を多く持つ者はそれだけで耐性を持っていることになる。


 それとは別に、報告書によると勇者の卵は精神支配に完全耐性を持っているので、勇者相手には武器になりにくい魔法である。


「こっちだ……」


 ゴブリンが城門扉を開け放ち、城壁内へと立ち入る。


 すると、すぐに顔をしかめるような臭いが鼻腔びこうを刺激した。衛生状態はあまり良くなさそうだ。


「気分悪くなりそう」


 チルリレーゼはそう愚痴を零した。


 万緑の生命力にあふれたダークエルフの森の爽やかな匂い比べると、雲泥の差だ。


 傀儡くぐつと化したゴブリンに案内させて、ギルグニルの存する中央司令室へやって来た。


 ギルグニルの体躯は三メートルに達そうかというくらい巨大で、体内に保有する魔素の量も、他のゴブリン族と比べて段違いに多かった。


 おまけにゴブリンロードは知能まで高いとくる。


 最早ゴブリンとは全く別の生き物といって過言ではなかった。


 ギルグニルは上座に腰掛けながらこちらを見下ろし、大きく鼻息を鳴らした。

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