ゴブリン族殲滅作戦⑦

「おい、俺様はダークエルフの雌を脱がせて連れてこいといわなかったか?」


 ギルグニルの第一声はそれだった。


 一応形だけの挨拶も用意してきてはいたが、それすらもする気が失せてしまった。


「へえ。しかし、魔王様がこれ以上俺の女を煩わせることは許さないといったんで」


 ゴブリンは虚ろな目でそう返した。


「俺の女!?」


 チルリレーゼは体を硬くしていった。


「あれは貴殿きでんの命令だったのか」


 俺はドスの利いた声を作っていった。


「なあに、些細なジョークだ、マジになるなよ、ゲシャシャシャシャ」


 ゴブリンロードがゴブリンとは別の生き物だといった発言は撤回しよう。


 多少図体がでかくて知恵も付けたようだが、ゴブリンはどこまでいってもゴブリンだ。


 戦力になるとはいえ、このような不快な連中と意思疎通を図らなければならないのは、相当な重荷になることが容易に想像できた。


「わかった。けれど、以後はこのような趣のない冗談はやめて頂きたい。せっかくの興が冷めてしまう」


「おう、手下にもしっかり伝えておくぜ」


 まるで誠意の感じられない言葉だった。


 恐らく心の中で、鼻でも穿ほじっているのだろう。


「改めて、自己紹介しておこう。俺の名はレダックだ」


 レダックとは当たり前だが偽名である。


 チルリレーゼには事前に話しておいたが、魔王として動く際、用心として人間の名前は使わない方がいいという判断である。


「名などどうでもいいわ。それより、その仮面は外さないのか」


「貴殿が信用に足る者かどうか見極めてからだ」


「魔王といっても所詮しょせんは人の子だな。素顔すら見せない臆病者か、ゲシャシャシャシャ」


「先程から聞いていれば、私たち魔族のために異世界からせ参じた魔王様に対して無礼が過ぎるのではないか」


 よく堪えた方だが、チルリレーゼは怒りを顕わにした。


「ダークエルフの小娘が、この俺様に噛み付くつもりか?」


「ふん、十二歳の餓鬼が何を偉そうにしているのかしら」


(え、こいつ十二歳なのか? 琴音と同い年なのか?)


「年齢の話をするなら、お前の方こそ十六にしては貧相な体付きではないか。何だその胸は、まるでスクトゥムではないか、ゲシャシャシャシャ」


 スクトゥムとはゆったりとした弘を描く、大きな盾のことだ。


「あたしの胸がスクトゥムだって!? お前、いっていいことと悪いことがあるぞ!」


 チルリレーゼは涙目になりながら、全身をぷるぷると震わせた。


 このままだと何の収穫もなしに、ただ言い争ってお開きとなりそうだったので、ひとまずこの場を収めることにした。


「二人共そこまでだ。魔族同士で争っている場合ではなかろう。ギルグニルよ、俺をわざわざ呼び付けたのは、内密の話があるからではないのか?」


「おう、その通りだとも。そこの雌の小便の臭いで鼻がひん曲がりそうだから、手短に済ますとしよう」


 本当に余計な一言の多いやつだが、チルリレーゼは一旦冷静に聞き流した。


「単刀直入にいおう。万全を期すために、援軍を寄越せ」


 かつてこれほどまでに高圧的な要望があっただろうか。まるで協力しようという気が起きなかった。


「そちらの兵力がどの程度のものか教えてもらわないことには、こちらとしても兵を動かすことはできない」


「この要塞には二千の兵士が居る」


「他に動かせる兵は?」


 メイデンティアー川の下流に用意された輸送船の数から推測するに、ミエハル将軍の部隊は一万人規模になる。籠城ろうじょう戦に徹したとしても、厳しい物量差だ。


 そして、そこに勇者という不確定要素が入ってくる可能性は十分に考えられた。


「そいつはいえないな。顔も知らぬ相手に、手の内の全てを曝すつもりはないんでな」


「それもそうだな」


俺は仕方ないという風にいった。


「それでは、こちらからも二千の兵を出そう」


「魔王様、正気か!?」


 チルリレーゼの言葉は尤もだが、この場は無能な王を演じなければならなかった。


「なかなか話のわかるやつではないか、ゲシャシャシャシャ」


「詳しい話は追って連絡する。人類軍がセイントアルター要塞に到来するまで一週間ほどはかかるだろう。その間に、彼らをもてなす準備を整えるとしよう」


「やつらの生首を並べてあおる酒はさぞ美味いだろうな、ゲシャシャシャシャ」




「魔王様、どういうことか説明して。あいつら、あたしたちのことを都合のいい駒くらいにしか思ってない。なのに、どうしてあんな要請を受け入れたの」


 セイントアルター要塞を出るや否や、チルリレーゼは掴みかからんばかりの勢いでいった。


「そんなことは百も承知だ」


 俺は気圧されずに、毅然といった。


「それならどうして断らなかったんだ?」


 俺の態度に安心したのか、チルリレーゼの言葉は幾分か柔らかくなった。


「俺もはなから共闘するとはいっていない。ま、上手くやってみせるさ」

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