ゴブリン族殲滅作戦⑤
「ちょっと魔王様、どうしてすぐ返事してくれなかったの!?」
「こちらにも色々と事情がある。それで、用件は?」
タヅサと一緒に昼食をとっている最中に、呼びかけに答えるわけにはいかないからだ。
今は司書の仕事中で、暇を持て余していた。
「ゴブリン族から会談の申し出が届いている。セイントアルター要塞の件だ」
「しかないだろうな。ダークエルフの森とは地理的に離れているが、仲間なのか?」
「一応、今回の戦争が終わるまでは同盟関係を結んでいる」
チルリレーゼの言い方は、どこか引っかかるところがあった。
どう噛み砕いても友好的な味はしてこなかった。
「魔族も一枚岩ではないということか。チルはゴブリン族のことをどう思っている?」
「ゴブリン族は知性に欠けているくせに
「一応同盟を組んでいるのに、酷い言い草だな」
「元々ダークエルフ族とゴブリン族は仲が悪いんだ」
「ではなぜ同盟を?」
「やっぱりゴブリンロードの存在が大きい。今のゴブリン族は統制がとれていて、戦力としては申し分ない」
「確か数十年に一度誕生するかどうかっていう、ゴブリンの最上位個体だったかな。なるほど、感情より実利を優先したわけか」
ゴブリンは能力に応じて肉体が変質する特性を持っており、ロードの名を冠するものはオークにも引けを取らないほどの巨躯になると書物に記されていた。
ゴブリン族はゴブリンキングを中心に小さなコロニーを作る習性があるのだが、ゴブリンロードはそれら複数のコロニーを束ねることができるのである。
セイントアルター要塞は三十年前の大戦の東方拠点として、人類が建造した物だが、大戦の末期に突如として現れたゴブリンの軍勢に奪われたまま現在に至る。
「流石は魔王様、もうゴブリン族のことを調べたんだな」
「文字で語られるゴブリン族というのは、非常に醜悪な生き物だった。とても手を組もうとは思えなかった。とはいえ、実物を見ずに判断を下すのは愚か者のすることだろう」
「会談を受けるのか?」
余程ゴブリン族のことを毛嫌いしているのだろう、チルリレーゼの声には嫌悪の色が含まれていた。
「同盟の申し出を無下にはできないだろう。会談の日時はこちらで指定する。そうだな――」
俺はスケジュール帳を開いた。
ゴブリン族との会談はとんとん拍子に話が進んだようで、僅か十時間後に行われることになった。
今晩でも別に構わないといったが、いざ決まると
しかし、先延ばしにしても問題は悪化する一方なので、俺は腹を
「魔王様、頼まれていた物ができたぞ」
ダークエルフの森に出向くと、チルリレーゼが黒いマントと一枚の仮面を差し出した。
別に今日という日のために用意したわけではなく、五日ほど前に俺が注文した物だ。
今後、魔王として動く際には、マントを羽織り仮面を付けることになる。
俺の特殊な身の上を考慮すれば、無闇に素顔を晒すのは得策でないからだ。
仮面のデザインは俺の抽象的な要望を余すことなく汲み取った出来となっていたが、そもそもの要望がダサかったのではないかと、実物を受け取った途端に思い始めていた。
仮面は黒を基調として左右非対称で、光沢のある赤い線でそれっぽい模様が描かれていた。
俺の魔法の特性が声ということで、口元はしっかりと開いていた。
仮面を顔に付けると、タコの吸盤のようにピタッと貼り付いた。
魔素を流すと粘着性を増す樹液が塗ってあった。
違和感があったのは最初の一瞬だけで、すぐにそれが自分の顔の一部のように馴染んだ。
「どうだ、似合っているか?」
自分では変だと思っているが、第三者視点だと意外とそうでもないパターンを期待しての言葉だった。
「似合っているんじゃないか?」
俺の気持ちとは裏腹に、チルリレーゼは仮面の出来栄えに然程興味はなさそうだった。
それとも、気を遣われているだけだろうか。
「セイントアルター要塞へは転移装置を使うのか?」
気を取り直して、本題へと戻る。
「そうだ。セイントアルター要塞から北西二キロほどのところに、転移装置の門が開いている。先行部隊が行って、安全は確認済みだ。それより、本当にあたしたち二人だけで大丈夫か?」
チルリレーゼは不安げな声でいった。
「俺たちは同盟の長として、客人として出向くわけだろ? それなら、何も心配は要らない。堂々としていればいい」
「わかった。魔王様と一緒なら、大丈夫だな」
転移装置は岩肌の
周囲は隕石でも落ちたのかというくらいに荒れ果てていた。
ちなみに、俺は龍脈から魔素を生成できるようになっており、それを使って五感を向上させていた。
今宵のように雲がなければ、月明かりだけでも視界は良好だった。
「酷い土地だな」
「ここも昔は緑豊かな土地だったって聞く。勇者の一撃で草木は燃え、大地は砕け、ご覧の有様。土地ごと何もかもを殺し尽くしたんだ。だから、龍脈もここで途切れている」
「これじゃあ迎えの馬車も期待できそうにないし、歩いて向かうか。チル、足を捻らないようにな」
「あたしのことを運動音痴だと思ってない!?」
「しーっ、声が大きい。ここはもうダークエルフの森じゃないんだぞ」
「魔王様がからかうから」
チルリレーゼは小声で怒った。
その後、半時間ほど真夜中のハイキングを満喫すると、セイントアルター要塞の城門扉前に到着した。
城門扉前には、守衛と思しきゴブリン族が三体並んでいた。それぞれ手には長槍を持っていた。
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