ゴブリン族殲滅作戦④

「何かの隠語いんごか?」


 俺は背中にじんわりと汗がにじみ出るのを感じた。


 煩悩退散ぼんのうたいさん


 初対面の女の子がいきなり性行為を要求してくるわけがない。


 何かの聞き間違いだ。


 子種ではなく、戸建てが欲しいといったのだろう。


 戸建ては戸建てでちょっと意味がわからないが。


「そ、そのままの意味です。魔王様、アンリと子作りしてください!」


 逃げ道がふさがれた。


「どうしてその、俺と何だ……?」


「インセクト族はもうアンリの家族しか残されておりません。元々単一の個体から生まれた兄妹で交配して増えたため、疫病えきびょうに弱かったのです。一族の再興のためには新しい血、強い遺伝子が必要なのです。そこに魔王様が現れたのです! 魔王様は龍脈によってこの世界に光臨なさった御方、よって全ての魔族と交配する能力が備わっているのです!」


 アンリの熱弁に押され、俺は自然とたじろいだ。


「俺とチルは婚姻関係にあるんだが」


 異性にここまで強く迫られた経験のなかった俺は、チルリレーゼに助け船を求めた。


「ななな、魔王様、あたしと子作りしたいっていうのか!?」


「どうしてそういう風に解釈するんだ!? というか空気読めよ」


「愛を頂けるなら、アンリは側室でも構いません!」


「まあ、アンリの働き次第では考えなくもないかも知れないな」


「はい、がんばります!」


 何が面白いのか、クロロフィルはことの成行きをニヤニヤとして見守っていた。


「まさか、クロロも俺と子作りしたいなんて言い出さないよな?」


「なんじゃ、魔王様はわらわのこの体に欲情をもよおすというのか」


「いや、これ以上話をややこしくしないならいい」


「ふぅむ、それは残念じゃ」


 ここまで心のもっていない台詞も珍しい。


「それで、クロロは俺に何を望むんだ?」


「わらわたちの聖地を守ってくだされば、それ以上の望みは何も」


「聖地?」


「この湖を越えてさらに北へ進んだ地に、ドライアド族の里があるのじゃ」


「つまり、ダークエルフの森がドライアド族にとっての防衛ラインというわけか」


「その通りじゃな。もし時間があるなら、今度はドライアドの里を案内してやろう。魔王様も気に入るはずじゃ」


「それは是非お願いしたい」


 ダークエルフの森さえ陥落しなければ、人類軍がドライアド族の里へ攻め込むことはできないので、必要最低限協力しているという単純な構図だった。


「チルが俺に紹介したかったのはこの二人だけか?」


「他にも居るけど、ダークエルフの森に呼べるのはアンリとクロロだけだ。あ、ここの湖にもセイレーン族のスーヤが居るけど、多分寝てるな」


 顔合わせも一段落着いたところで、俺は湖畔で魔法の鍛錬をした。


 朝日が昇るぎりぎりまで濃密な時間を過ごしてから、王都へと戻った。




 魔王と司書の二足のわらじを履く生活も、十日も経つと当たり前の日常になっていた。


 ダークエルフの森の西要塞では、人類軍が断続的に攻撃を仕掛けてきており、チルリレーゼの父親ガイホウとは未だに顔を合わせて挨拶できていなかった。


 ベランダの欄干らんかんに止まった小鳥のさえずりを聞きながら、俺はれ立ての紅茶をすすった。こんな長閑のどかな朝の一時を過ごしていると、世界が戦火に焦がされていることも忘れ、うつらうつらとしてしまう。


「お疲れのようですね」


 タヅサは余所行きに着替えながらいった。


 仕切りのカーテンに映し出されるタヅサのシルエットさえも艶美で、俺は窓の方に視線を向けた。


「いえ、別に疲れはないですよ」


「それならいいのですが。そうそう、お昼はフタマキガイのムニエルにしようと思います。しばらく食べられなくなるかも知れませんので」


「どうしてですか?」


「ミエハル将軍が近々セイントアルター要塞に大規模な進軍をすると噂になっています。そうすると、フタマキガイの獲れるメイデンティアー川が当面の間、軍用物資の運搬ルートになってしまいます」


「物騒な話ですね」


 俺はいかにも初耳のような感じでいった。


 ゴブリン族の最大コロニーとなっているセイントアルター要塞周辺で、斥候せっこうらしき騎兵が頻繁ひんぱんに目撃されている情報は既に入っていた。

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