第三章

ゴブリン族殲滅作戦①

 魔法もさることながら、ダークエルフや他の魔族の話ももっともっと聴きたかったが、これ以上長居ながいしてしまうと日が昇ってしまうので、また今度の機会にすることにした。


 朝帰りだと、タヅサに要らぬ心配を与えてしまう。


 まだ魔王としての覚悟ができていなかったので、当面は今の生活を守る方針で行動することにした。


 それでも知識欲が勝ってしまい、最後に一つだけ聞いた。


「そもそもの話、どうして魔族と人間は争っているんだ? 意思疎通そつうできるなら、共存の道だってあったはずだろ?」


「人族には最初から共存の意思がなくて、あたしたち魔族に攻撃を仕掛けてきたんだ」


「昔からの小さないざこざが積み重なって、戦争に発展したんじゃないのか?」


「この世界に人族が現れたのはつい三百年ほど前のことだ。元々あの土地は湿地帯で、サハギンの生息地だったんだ。それがたった一夜にして、今の王都ができたって文献には残っている」


「なるほど、そういうことか。王都ごとこの世界にやって来たのか、それとも召喚されたのか。いずれにせよ、魔族からすればまさに異世界からの侵略者というわけか」


「勇者一人を召喚するのにも膨大ぼうだいな魔素が必要なのに、都市を丸ごとなんて正直信じられない」


 チルリレーゼは首を振った。


「俺の元居た世界では、それこそ信じられないような災厄さいやくが訪れていたな」


 掘り下げるにはあまりにもスケールの大きい話なので、今晩のところはこれでお開きだ。


「そろそろ王都に戻りたいんだが、今後の連絡手段はどうすればいい?」


「はい、これ」


 チルリレーゼは麻雀牌マージャンぱいくらいの大きさの魔素結晶を手渡してきた。


 呪文が刻み込まれているので、何らかの道具であることはわかった。


「これは?」


「それがあればいつでもあたしと話せるんだ。ただし、龍脈の通っていない場所だと使い物にならないから注意な」


 チルリレーゼは全く同じ物をもう一個持っていた。


「小型の通信装置のような物か」


「そ、そう、そんな感じの物だ。魔王様は本当に物知りだな」


(適当に話を合わせたな……)


「何だよ、その顔! こう見えてもあたしは広域こういき魔法ならダークエルフ随一ずいいちの使い手なんだぞ!」


 チルリレーゼはない胸を張っていった。




 変わったのは俺の認識だけで、俺が元々魔王であることに変わりなく、周囲がそれに気付いていないことに変わりもなく、俺の日常に何ら変化はなかった。


 勇者の卵の行動は四六時中監視されている懸念けねんもあったが、どうやら取り越し苦労だったみたいだ。


 それとも、俺が勇者候補から外れたので、監視が付けられていないだけかも知れなかった。


 そういえば、変わったというほどでもないが、タヅサには顔色が優れないと心配されてしまった。


 ナナナにまで「おやおや、寝不足かな」といわれたのは少々意外だった。


 睡眠時間は午前中、司書の仕事中に確保した。


 司書長も爆睡しているので問題はないはずだ。


 そして、昨晩の今晩で、俺は再びダークエルフの森を訪れていた。


 新たな可能性の宝庫を前に、部屋でじっとしているなんて無理だった。


「昨日の去り際に、次はいつこっちに来られるかわからないといってなかったか?」


 チルリレーゼは口を尖らせながら出迎えてくれた。


 仮にもこっちは魔王なのに、本当に遠慮えんりょがなかった。


 まあ、これはこれで接しやすいので、問題はないわけだが。


「別にしばらく来られないとはいっていないだろ。それに、王都だと魔法の鍛錬たんれんもままならないからな」


「それはそうだけどさ」


「魔法の基礎はチルが教えてくれるんだろ?」


「うん、任せろ。必ず魔王様を最強の魔法使いにするからな。でもその前に、一つ見て欲しい物があるんだ」


 こっちこっちといって、チルリレーゼは歩き出した。


「面白い物か?」


「んー、魔王様にとって面白い物ではない気がするな」


「え、だったら見なくていいぞ」


「いいから付いてきて」


 チルリレーゼは俺の手を引き、有無をいわさず引っ張った。


 部屋を出ると、階段を下りた。


 外に出ると、馬鹿でかい木々の生い茂った森が広がっていた。どれも十階建てのビルくらいはあるだろうか。


 俺が建物の一室だと思っていた部屋も、大木を刳り抜いてその中に作られたものだった。


 通りで部屋の床や壁に継ぎ目がなかったわけだ、と一つの疑問が解消されてすっきりした。


 連れてこられたのは地下室だった。


 俺がこの世界に召喚されて初めて見た光景とそっくりだった。


「たまたま似ているってわけじゃなさそうだな」


 俺がそう感想を漏らすと、チルリレーゼは頷いた。


「王都の方は見たことないけど、多分同じものだと思う」


「あれは?」


 地下室の中央に、土が盛られていた。


 ちょうど人一人が埋められているくらいの大きさだった。


「まさか中に誰か埋められていたりしないよな」


「魔王様、あれが何か知っているのか?」


「砂風呂じゃないのか?」


「ち・が・う! あれは魔王様を召喚するための素体そたいだ」


「素体?」


 よくある言葉が、俺にはそれがとても不穏な響きのように感じられた。

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