魔王光臨⑧

 座学の授業で、魔法とパラは対局にあるような言い方をしていたが、魔素を使って超常の力を引き起こすという点においては共通している。


 パラは空から降り注ぐ神々のエネルギーから魔素を生成し、魔法はこの星を走る龍脈から魔素を生成するのだ。


 結局、エンジンである俺がポンコツであれば、燃料が変わったところでパラも魔法も使えないのではないだろうか。


 この三ヶ月で、俺は自信をすっかり喪失していた。


「魔法といわれても、どうやって使えばいいんだ?」


「うーん、魔法を使う前に、何か色々と悪い物を溜め込んでいるみたいだし、一回全部出しておいた方がいいな」


「……どうやって?」


「こうする!」


 チルリレーゼは俺の手を握ると、魔素を送り込んできた。


(ここはパラも魔法も変わりないんだな)


 すると、俺の体内に溜まっていた魔素がチルリレーゼの魔素で洗い流されていく感覚があった。


 そして、新たに流れ込んできた魔素はすぐさま俺の体に馴染んでいった。


 そこから先は、手足を動かすように容易たやすいものだった。


「ははっ、俺がパラを使えなかったのは、そういうことか……」

 俺は手の平に小さな炎を灯しながら、力なく笑った。


 揺らめく炎の向こうに、この三ヶ月の苦労が蘇ってきたからだ。


 色々と聞きたいことはあるが、パラが使えない原因がはっきりしてすっきりしたというのが、一番最初に湧いてきた感情だった。


 俺は胸中きょうちゅうに渦巻く様々な感情をどうにか整理すると、おもむろに顔を上げた。


「俺が少し変わった状況に置かれていることは理解した。けれど、魔族のために命を張ってくみするほどの理由が……」


「いや、魔王様には戦う理由があるからここに居るんだ」


 チルリレーゼは自信たっぷりにいった。その姿に強い既視感を覚えた。


 リーンホープに召喚された日、ハインケイルが似たような台詞を口にしていたからだ。


「どういう意味だ」


 俺は喉の渇きを感じながら問うた。


「魔法は龍脈から魔素を借りて発現させるものだが、パラはそうじゃない。あれは異質な力だ。少なくともこの世界にパラを発現させる魔素の源はない」


「王国ではそれを神々の奇跡といっていたな」


「あたしたちだってこの世界に生きているのに、神様がどうして人間ばかりに肩入れするんだ? だから、今の人間たちが信仰している神様っていうのは偽物に決まっている!」


「正論だな」


 俺がこの世界の神々に感じていた胡散臭うさんくささを的確に表現した言葉だ。


 全ての生きとし生けるものを愛してこその神だ。


「ここからは仮説になるけど、パラの対価を支払っているのは別の世界の人間だと思っている。魔王様の元居た世界で、突然人間が死んだり、消えたり、未曾有みぞう災厄さいやくが降りかかったりしていなかったか?」


「あったような気もする」


 未曾有の災厄と聞いて、俺の中には一つ思い当たることがあった。新型黒死病だ。


「やっぱり。あたしたちの仮説通りだ。魔王様の戦う理由はそれだ。きっと元居た世界を救いたいから、あたしたちの召喚に応じてくれたんだ」


 そう力説されるとそんな気がしてくるのが怖かった。


「少しだけ時間をもらえないか」


「どうせ行き着くところは同じだ。観念するんだな」


「それでも、ないよりはあった方が幾分かましだ、と思う」


 魔王の定義がダークエルフに召喚された異世界人であれば、俺の意思など無関係に戦いに巻き込まれることは必然だった。


 けれども、覚悟を決める時間くらいは欲しかった。


「わかった。でも、ここ一ヶ月くらい人類側の攻撃が激しくなってきているから、そんなに悠長に構えていられる時間はないぞ」


「ああ……」


 俺が書物庫に籠もっている間にも、世界は戦争の炎に焦がされていたということだ。


 こっちの世界に来てから、俺はずっと置いていかれっぱなしだった。

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