魔王光臨⑦

「魔王? 何をいっているのですか? 私たちはテンコウ様を魔王として迎え入れ、救世主になって欲しいのです」


 チルリレーゼは首を傾げながらいった。


(どういうことだ?)


 発音は違う別の単語が、どちらも魔王に翻訳されていた。


 俺の思っている魔王がゲームのラスボスのような存在で、ガイホウのいう魔王が魔族の王という意味で、この食い違いが翻訳を狂わせていると推測した。


「俺が勇者の卵としてこの世界に召喚されたことは知っていますよね? 傷付けたくない人だってできました。そんな俺に人類と戦えというのは酷じゃないですか?」


 俺は馬鹿馬鹿しいと首を振った。


 その時、ドアがノックされた。


「失礼します」


 入ってきたのはダークエルフの女の子で、丸めた絨毯じゅうたんのようなものを抱き抱えていた。


「お初にお目にかかります、ライラリーゼと申します。お父さんのから、あっ、ガイホウからの伝言です」


 ライラリーゼは手短に挨拶を済ませると、そそくさと部屋の中央に絨毯を広げた。


 絨毯の上には奇怪な文様もんようと魔素結晶が散りばめられていた。


「妹ですか?」


 そう聞くと、チルリレーゼは「はい」とうなずいた。


 ライラリーゼが絨毯に魔素を送り込むと、その上に人影が浮かび上がった。


 精悍せいかんな顔立ちのざんばら髪のダークエルフだった。


 年齢は二十五歳前後に見えるが、ダークエルフは体が成熟してから老化が鈍化するので、人間の感覚は当てにならなかった。


「俺の名前はガイホウ、一応魔王派閥はばつの長をやっている」


 ガイホウは親指で自分の胸を指しながらいった。


「ついさっき、人類軍が西の要塞へ向かって進軍してきているという情報を受け取って、急遽きゅうきょ前線で指揮をることになった。だから、こういう形での顔合わせとなってしまってすまない。もっとも、俺の方が魔王の面構つらがまえをおがめるのはこの戦いが終わってからになるがな」


「俺の世界だとこういうのを死亡フラグっていうんだけどな」


「死亡フラグ……?」


 聞き慣れない言葉に、チルリレーゼが小首を傾げた。


「そうそう、一つだけ言い忘れたことがある。そこにチルも居ると思うから一緒に聞いてくれ。婆様ばあさまにこの戦の趨勢すうせいを占ってもらったが、魔王とチルとが夫婦めおとになって力を合わせるのが重要な鍵になってくるそうだ。正直、会ってもいない男に大事な娘を渡すのは心苦しいが、魔族を背負しょって立つ男がしょうもないはずがないと信じている。ま、猫を被っていると思うが、チルはついこの間まで寝小便ねしょうべんをして泣いていた子供だ。上手くいかないとすぐに癇癪かんしゃくを起こすし、危なっかしくて目を離すのも心配でな。魔王にこんなことを頼むのもおかしな話だが、チルのことをよろしく頼む」


 ガイホウは親馬鹿な一面を見せた。映像はそこで切れていた。


「なななななななな、あの馬鹿親父ィ! 何勝手にあたしの結婚を決めているんだ!?」


 それまでタヅサと同じように落ち着いた雰囲気をまとっていたチルリレーゼは豹変ひょうへんした。


「それがあなたの素ですか」


 俺は吹き出しそうになるのをこらえながらいった。


「そうだけど、悪いか?」


 チルリレーゼは頬を膨らませながらそっぽを向いた。


 一つ一つの仕草がとても子供っぽかった。


「いえ、こちらの方が親しみやすいですよ」


「ままままさか、もうその気になっているのか!? いっとくけど、あたしにその気は全然これっぽっちもないからな!?」


 チルリレーゼは顔を真っ赤にして反論した。


「もちろん、相手が嫌がっているのに無理矢理結婚なんてしませんよ」


「うんうん、婆様の占いはよく当たるけど、あたしたちが夫婦になるだけで勝つなんて絶対おかしいもんな」


 チルリレーゼは自分に言い聞かせるようにいった。


「それより、魔王様、そんなかしこまったしゃべり方じゃなくて、もっとリーダーっぽくならない? 声とかももっと引き締める感じでさ」


「リーダーっぽくですか」


 難しい要求だ。


「そ・れ。あたしのこともチルでいいよ、みんなそう呼んでるし」


「慣れませ……慣れないな。チルのお父さんみたいなしゃべり方をすればいいかな?」


「んー、それは嫌だし、ちょっと違うかな。あたしもよくわかんないかも」


 チルリレーゼはそういって八重歯を見せた。


「ま、努力はするよ」


 俺は少し前に流行ったアニメの、何事にも動じないチート高校生キャラを思い浮かべながらいった。


「一つ確認するけど、魔王様はパラを使えるか?」


「その聞き方だと、使えないことを知っているようだな」


「さっき、魔王様は勇者の卵として召喚されたっていってたけど、そうじゃない。あたしたちダークエルフが魔王として召喚して、それがどういうわけか勇者の卵として王都に呼び出されてしまったんだ。王都はあたしたち魔族の力を弱める妙な力が働いているから、今の今まで迎えに行けなかったんだ」


「いきなりそんな話をされて信じられると思うか?」


 俺の声は若干震えていた。突然の話で頭がこんがらがりそうだった。


「龍脈の力を借りて召喚された魔王様は、龍脈と相性がいいはずだ。つまり、魔法の扱いに長けている」


「魔法……?」


 俺に魔法の才能があるなど、全く考えもしなかったことだ。


 チルリレーゼの話は突拍子とっぴょうしもないことばかりだが、一応筋は通っている気がした。

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