ゴブリン族殲滅作戦②

「あの中には人体を構成する素材といくつもの魔素結晶が入っている。そこに魔法やパラを駆使して異世界から呼び寄せた魂を定着させる。そうしてできあがるのが魔王様や勇者のような存在なんだ」


 チルリレーゼは懇切こんせつ丁寧ていねいに説明した。


「人間の作り方か」


「ううん、あくまでもこれは魔王様や勇者の作り方。この方法を使っても、普通の生命はできない」


 つまり、俺も普通の生き物ではないということか。


 王城の書物庫で『勇者の卵の最終調整表』という報告書を見付けた時から、可能性の一つとして頭の中にはあった事柄ことがらだ。


「作れるんだったら、どうしてもっと量産しないんだ? まさか隠しているだけで、他にも魔王が居たりするのか?」


「龍脈は全ての生命の源だし、無闇むやみに使えない。魔王様を何人も召喚して枯れ果てたら、元も子もないからな。今回、テンコウ様を召喚したのだって、あたしたちの独断なんだ」


 チルリレーゼは切羽せっぱ詰まった様子でいった。


「俺の存在は魔族にとって好ましくないというわけか」


「いや、ダークエルフにとって、かな。親父の一派が長老会の反対を押し退けて、魔王様を召喚したんだ」


「龍脈の関係でこっちは俺一人、向こうはパラを使って召喚し放題か。有限対無限、戦う前から勝敗が決しているような気がするな。それとも、何か天地がひっくり返るような、劇的な対抗策でもあるのか?」


 俺は投げやりな感じでいった。


「強いパラの使い手ほど、互いの力が干渉し合って上手く扱えなくなる。同じ戦場に投入されるのは多くても二人までかな。だから、基本的には一対一の戦いになるはずだ。それと、詳しいことはわからないんだけど、勇者の召喚にはいくつか制限があって、居なくなる度に補充できるようなものでもないらしい」


「なるほど、俺の得ている情報と同じだな」


 俺はあっけからんといった。


 司書の仕事中、勇者召喚に関する記述を見付け、目を通していた。


「知っているなら最初からそういえよ。どうして二度手間のような真似をさせるんだ」


 からかわれたと思い、チルリレーゼはむくれっ面を浮かべた。


「ほう、チルにはこれが無駄なことだと思うのか?」


 俺は含みを持たせた言い方をした。


 チルリレーゼはしばし頭をひねったが、やがて降参した。


「どういう意味か、教えてくれるか」


「俺の得ている情報とダークエルフの持っている知識をり合わせることは、断じて無意味な時間などではない。もし食い違うところが出てくれば、それは王政が流布るふした嘘である可能性が高い。つまり、パラに関して知られたくない真実が隠されているということだ。それをあばいた時、神々の奇跡というまやかしが晴れるとは思わないか?」


「魔王様って、ちゃんと色々考えているんだな」


 チルリレーゼはどこか恥ずかしげに、悔しそうな表情でいった。


「そうでもない」


 買い被りすぎたと手を振った。


 そして、再び土塊つちくれに視線を戻す。


「ところで、それの中身は見られるのか?」


「んっと、少し問題があって。召喚の儀式が失敗した後、それを片付けようとしたんだけど、床にぴったりと貼り付いてどうやっても動かないんだ」


「それはそれで興味深い現象じゃないのか」


「でも、みんな気味悪がって近付こうとしないんだ。これだけ高濃度の魔素の塊、下手に刺激して暴走したら爆発するかも知れないって」


「おい、この状況がまさしく下手に刺激しているのではないか? 元々、この土塊には俺が召喚される予定だったのだろ?」


 俺は前のめりになっていた身を引いた。


「それはそうかもだけど、魔王様にとって大切な物だったら困るし」


「そうだな。危険な感じはしない、いや、どこか懐かしさすら覚えるな」


 上手く思い出せないが、こういう土塊を昔どこかで見たことがあるような気がした。


 ピッチャーマウンド、蟻塚、お墓、畑、どれも違うな。


「あのさ、魔王様、さっきからいおうと思ってたんだけど、それやめてくれない?」


 チルリレーゼは改まっていった。


「それって?」


 もしかして、考えごとをする際に下唇を口内に吸い込んで甘噛みする癖のことだろうか。


「だからその声、魔法の練習中なのか? 耳の奥がぞわぞわする」


 チルリレーゼは頬を赤らめながらいった。


「まだどの魔法に特性があるのかも判明していないのに、練習も何もないだろ」


「じゃあ、魔王様の特性はきっと声だ」


「声?」


「そう。多分、魔王様は普段と違う口調で話さないといけないと意識していることが、声に力を宿すことに繋がっているんだと思う」


「へぇ、声に力を宿す魔法か。それって凄い魔法なのか?」


「どんな魔法でも極めれば凄いぞ。でも、力の宿った声って何か指導者っぽくてあたしは好きだな」


「それもそうだな」


 俺がそう納得したところで、チルリレーゼの腕輪にめ込まれた魔素結晶の一つが発光した。

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