メイドは親身になる③

 ライネルのいっていた軍資金とやらをメイドに預けてあるそうなので、指定された家屋へと足を運んだ。


 ドアに鍵は付いていたが、施錠せじょうはされていなかった。


 ドアを開くと、部屋の内装よりも、メイドの女性に目を奪われた。年齢は俺より少し上くらいに見えた。長い睫毛まつげにどこかはかなさを感じさせる、つやっぽい人だった。


「よろしくお願いします、ご主人様」


 女性は下腹部に手を当て、深々と頭を下げた。


 緊張しているのか、声が少し震えていた。


「こちらこそ……よろしくお願いします」

いきなりだったので、俺はあたふたしながらそう返した。

「俺の名前は天光です」


「テンコウ様、ですね。私はタヅサです。パラの修練に専念できるよう、身の回りのお世話を担当させて頂きます。何なりとお申し付けください」


 タヅサは二峰にほうの谷間に手をあてがいながらいった。


 そんな何でもない所作しょさの一つ一つを、俺はつぶさに観察してしまっていた。


 俺はひとまず部屋の中央に置かれた木製テーブルから椅子を引き出し、腰を下ろした。


「それじゃあ早速で悪いんですけど、いくつか聞いてもいいですか」


「はい」


「どうして言葉が通じるんですか?」


 ライネルも触れていたが、ここが異なる世界だとか、パラという超常の力だとか、それらをすぐさま受け入れられる最も大きな要因はこれだった。現に俺は聞いたことない言語を理解し、日本語をしゃべってもこうして通じているからだ。


「神々の加護だと聞いています。私も詳しいことは知りません」


「今度は加護か」


「何が可笑しいのですか」


「いや、何でもないです、気にしないでください」


 俺はパラという得体の知れない力のことは信じても、神々の奇跡やら加護やらを信じる気にはなれなかった。


 そんな回りくどい方法を採らずに、直接魔王をどうにかして欲しいと神々にお願いすればいいからだ。


 神の名を語ることで不可侵の領域を作り、人々を真実から遠ざけているようにしか映らなかった。


「神を信じない者には罰が下りますよ」


 そう注意するタヅサも、信仰心が厚いような感じではなかった。


「気を付けます。良ければ、ここで最も信仰されている神を教えてもらえませんか」


「知名度でいうなら天照大御神あまてらすおおかみ須佐之男命すさのおのみことなどでしょうか。――どうかされましたか?」


「ああ、いえ。俺の元居た世界でも同じ名前の神様が居たので」


「異世界の神とこちらの神が同じだというのは有名な話です」


「へぇ、そうなんですか」


 世界が異なっても神が共通しているというのは大変興味深かった。違う理が働いているように見えても、根本的な部分では地球と大差ないのかも知れなかった。


「ところで、先程いっていた身の回りの世話ですけど、どれくらいのわがままを聞いてもらえますか」


 幼い頃に両親が他界しており、琴音が新型黒死病を発症してからは一人で学生寮に住んでいたので、掃除、洗濯、料理は人並みにはできるつもりだ。


 とはいえ、文明の力に頼っていた部分が大きいので、パラの修練とやらがどれほど過酷な物かは知らないが、掃除や料理は任せたかった。


「裸を見せて欲しいくらいなら許容きょようできますが、それ以上はちょっと困ります……」


 タヅサは伏せ目がちに、決意と羞恥しゅうちの入り混じった表情でいった。


「……いやいや、何をいっているんですか!? そんなこと頼みませんよ!」


「そうですよね。私のような物寂しい女に、色情など持ちませんよね」


「そんなことないです! 正直、綺麗ですし、大人っぽくて、ずっとドキドキしっぱなしです! それとは別に、立場を利用して異性にどうこうするのが好きじゃないんですよ」


「良かったです。そういうお願いをする勇者様も居るという噂を耳にしていたので」


 恐らくそのことで頭が一杯一杯になっており、突拍子もないことを口走ったのだろう。


 この時、タヅサの表情が少しだけ解れたような気がした。


「ひょっとして、タヅサさんもここで寝泊まりするんですか?」


 部屋にはベッドが二台用意されていた。椅子も二脚。テーブルも一人で使うには大きかった。


「はい、そうするようにと仰せ付かりました」


「なるほど……」


 俺はそこら辺の性欲のままに行動する十六歳とは違い、健全な自制心を持っていると自負している。


 だがしかし、年頃の男女が同じ屋根の下、一晩過ごすとなると話は変わってくる。間違いが起きない保証なんて、平和条約と同じくらいの信頼度しかなかった。

 

 無論、俺から何かすることはないが、向こうがその気になった場合、無下に断るというのも今後の共同生活、延いては魔王討伐に支障が出てくる可能性がないとも言い切れないのではなかろうか。


「あの、お顔が赤いようですが、どうかされましたか?」


「いや。これは、今日一日色々あったので、疲れが出たのかも知れません」


「まあ。明日から修練ですのに、疲れが残っては宜しくありませんね。少し早いですが、夕食にしましょう。なるべく精力の付く献立こんだてにしますね」


「精力……」


 俺は思わず生唾を飲み込んだ。


「苦手な食材はありますか?」


「食べられないほどではありませんが、ネバネバした食べ物は苦手かも知れません」


「味はどうでしょう」


「苦すぎなければ大丈夫です」


かしこまりました」


 タヅサは俺の味の好みなどを聞きながら、手際よく料理の準備を進めていった。


 水道はあるが、ガスや電気は通っていないようだった。


 マッチで固形燃料的な物に火を付け、まきで火を育てた。


 程なくして、テーブルの上には食欲をそそる料理の数々が並べられた。


「お料理は好きなんですか?」


 料理を囓っている俺は、タヅサの料理の腕が凄いと理解できた。


「はい。私の唯一といってもいい趣味です」


 タヅサは柔和な笑みを添えていった。


「それでは、いただきます」


 楽しい一時はあっという間に過ぎた。


 絶品料理に舌鼓を打ちながら、リーンホープの文化や文明のことをタヅサから聞いた。


 この世界の人類は大半が王都で生活を営んでおり、人口は凡そ百万人。


 気候は一年を通して温暖で、パラを基軸とした独自の発展を遂げているようだった。


 電子機器の類いは一切存在していないが、照明も移動も通信も不便はなさそうだった。


 消灯しても俺の知的好奇心は抑えられず、暗い部屋でタヅサに話しかけていた。


 そして、いつしか眠りに落ちていた。

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