メイドは親身になる④

 翌朝、タヅサに起こされて目を覚ました。


 テーブルの上には朝食が用意されていた。


 朝食は必要ない派閥に所属していたが、夜更けまで付き合わせた上に、伝え忘れた俺にしか非がないので、残すのは申し訳なかった。

 

 きっと俺のことを思い、眠い目を擦りながら作ってくれたに違いなかったからだ。


「もしかして、朝は要りませんでしたか?」


 タヅサは済まなさそうにいった。


(しまった、朝は要らない顔をしていたか……!?)


「いえいえ、今日は訓練初日なので、朝はしっかり食べたいと思っていました」


 俺は慌ててそうフォローした。


「そうですか。ですが、明日からはミックスジュースくらいにしておきますね」


「あ、はい。助かります」


 気を遣わせてしまっただろうか。


 余談よだんだが、リーンホープの時計は魔素まそ結晶と呼ばれる物質が動力源となっていた。


 俺は初め電池のようなものを想像していたが、魔素結晶は半永久的にエネルギーを生み出す物質だそうだ。


 ただし、一度に大量のエネルギーを取り出そうとすると、魔素結晶は壊れるし、電池のように直列に繋いで電圧を上げるなんていうこともできないそうだ。


 また、魔素結晶は加工性に優れており、何時間後に音を鳴らすといった操作ができるそうだ。これが目覚まし時計の代わりとなっているのである。




 軍学校の訓練場に到着した。


 五分前にも拘らず、訓練場には既に多くの人が集まっていた。


 半分はメイドの女の子なので、共学高校の朝礼前のような光景だった。


 そんな風に思っていると朝からやけにテンションの高いやつが現れた。


「おお、その顔、天光じゃねえか!」


 確かに俺は天光だが、ここでその名前が出てくる状況はすぐさま受け入れられなかった。


 声の主の方へ振り返ると、馬鹿そうな丸刈りが満面の笑みを浮かべていた。


「……斎藤?」


 斎藤東彩とうさいは同じ中学で、一年生の時のクラスメイトだった。


 一学期最初の席替えで隣の席になり、ある日宿題を忘れたから見せて欲しいといわれた。


 その日からことある毎に宿題をおねだりしてくるようになった。


 時折くだらない話をしたが、基本的には宿題だけの関係だった。


 斎藤のためにも、自分で宿題をやるようにと厳しくいってやるべきだったが、一度出来上がった関係とはなかなか変えられず、なあなあにしたまま一年が過ぎ去った。


 元々宿題だけの関係だったので、クラス替えで別々の教室になるとまったく交流はなくなり、高校も違う学校に進学した。


 こうして話すのは二年振りだった。


 異世界中から無作為に選ばれた三十人の中に、知り合いが混在している確率とはどの程度のものだろうか。


 きっと天文学的な数字がはじき出されるに違いないはずだ。


 だから、俺と斎藤が選ばれたのには何らかの因果関係いんがかんけいがありそうだった。


「久し振りだな、元気してたか?」


「元気なやつはここに居ないはずだろ?」


 勇者の卵とは、一度死にかけた集団だ。


「だな! 天光はどうして死にかけたんだ?」


「新型黒死病だ」


「マジか、大丈夫だったのか?」


「大丈夫じゃなかったからここに居るんだけどな」


 思い出してきた。中学時代もこんな感じで会話がなかなか進まずに、溜息が出そうになる場面がしばしばあった。


「おいらはサッカーボールを追いかけていたら、死んじまったみたいだ」


「部活中に倒れたのか?」


「いや、レギュラーになれなくて、一人でリフティングの練習をしていてな。ボールが道路の方に飛んだんだ」


 斎藤は武勇伝ぶゆうでんでも語るような口調でいった。


「それって小学生低学年がやるようなミスだろ」


「いや~、おいらもまさか屋上から落ちるとは夢にも思わなかったぜ」


「お前どこでリフティングしてたんだよ!?」


「どこって、親父の会社のビルの屋上だけど?」


(そういえば、父親が建築士で不動産業をやっているみたいな話を聞いたことがあるな)


 俺の大脳皮質だいのうひしつの奥底でほこりを被っていた記憶が呼び起こされたところで、校舎の方から一人の女がこちらへ向かってきた。


「時間だ。よく来たな、ひよっこたち。私はエターニティ、教官だ。これからお前たちにパラの扱い方をみっちり叩き込むから、そのつもりで居るように」


 エターニティと名乗る女はよく通る声でいった。


 眼光が鋭く、服の上からでもわかる完璧なプロポーションをしていた。


 自分にも他人にも厳しい教官という第一印象だった。


「こうして再会したのも何かの縁だし、わからないことがあったら昔みたいにまた教えてくれよな」


 斎藤は小声でいった。


「相変わらずだな」


 俺は呆れるようにいった。


「そこ、私語は慎むように」


「はい、ごめんなさい!」


 斎藤は音速で謝った。謝り慣れている人間の反応だ。


「さて、早速で悪いけど、移動してもらうよ。付いてきなさい」


 どこへ、とは聞けない雰囲気がエターニティの背からは漂っていた。


 ライネルが得体の知れない不気味ぶきみさからくる怖さだとすれば、エターニティはシンプルに怒ると怖そうというものだった。

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