メイドは親身になる②

「それでも戦わないといったら?」


 誰も口を開く気配がなかったので、俺はそう問いかけた。今すぐに俺たちをどうこうする様子もなかったので、もう少し自分たちの価値を見極めようとした。


先程さきほどの続きになるが、其方らは強い願望を抱いているはずだ。余も鬼ではない。何の見返りもなく、其方らを戦場へ送り出すつもりはない。そこでだ、見事に魔王を討ち滅ぼした者には、その願望を叶えるというのはどうだろうか」


「そんなことが――」


「可能だ! 其方らは神々の寵愛ちょうあいを授かり勇者となる! ゆえに、魔王を討ち滅ぼした者には、神々の奇跡が体現する!」


 ハインケイルは食い気味に言い放った。


「その奇跡とやらでこの世界を望んでも?」


「それが真の望みであるなら、願えば良かろう」


 俺の揺さぶりには一切動じず、ハインケイルは逆に不敵な笑みを浮かべた。


 もしかすると、俺たちが決してそのような野心を持たないと、召喚の段階である程度思想や性格の選別を済ませているのかも知れなかった。


 それとも、神々の奇跡そのものがまやかしか。


「本当に望みが叶うんっすか?」


 細身の茶髪が目をキラキラさせていった。


「叶う。人の身に余る願望を持つ者に、神々は寵愛を授けぬからな。しかし、いくら余が叶うと口にしても、何の信用もなかろう。信用がなければ、其方らもやる気にならんだろう。そこでだ、今から神々の奇跡の一端を示そう。ライネル卿」


 ハインケイルは、まるでこちらの心を見透かしているかのような台詞を口にした。


「はっ」


 ライネルは三歩前に歩み出ると、大きく息を吸い込んだ。すると、何の合図もなくその体が燃え上がった。


 ホログラムなどではない、熱風がこちらまで伝わってきた。


 一同が目を丸くする中、ライネルが口端を吊り上げた。


「どうじゃ、お主たちの世界ではお目にかかれない力ではないか? これを神々の奇跡といわずして何という?」


 全身を包んでいた炎は、ライネルの枯れ木のような手の平に収束していった。


 何の意味があるのか、ライネルはその炎を口に含み、当たり所が悪かったのか思いっきりむせた。


 手品の失敗を目の当たりにしたような、微妙な空気になった。


「我々はこの神々の奇跡を『パラ』と呼んでおる。其方らには、これからパラの修練に励んでもらう。互いに競い合い、時には切磋琢磨せっさたくまし、己の力を鍛え上げるのだ。そして、この世界を混沌こんとんへと導こうとする魔王を討ち滅ぼし、王国を、人類を救って欲しい」


 ハインケイルはその空気を払うように、有無をいわさぬ語気で締め括った。




 王城内も暑いと思っていたが、直射日光下だと日本の真夏日を思い出す熱さだった。雨もよく降るのだろう、湿度も高く、町中には緑が生い茂っていた。


 雨がよく降ると思ったもう一つの要因は、幅約十メートルの堀が王城を囲んでおり、水が張っていたからだ。


 王城の前の橋でしばらく待っていると、巨大な蜥蜴とかげに引かれた車が到着した。


「お主たちの世界にリザードマンは居ないのかね」


 面食らっている俺たちに、ライネルはいった。


 リザードマンの引く馬車ならぬ蜥蜴車とかげしゃに揺られること小一時間、俺たちは仮住まいに案内された。


 お世辞にも広いとはいえない石造りの四角い家だった。一人につき一軒の家を使っていいということらしい。


「部屋に居る子はお主たちの専属のメイドじゃ。先刻、着替えを手伝った女子おなごたちじゃの。好きにき使うといい」


(一人一人に家一軒、おまけにメイドか。まだ利用価値がわからないのにこの好待遇、やはり俺たちにはそれだけの見返りが期待されているのか)


 思っていたよりも状況は悪くないのかも知れなかった。少なくとも勇者の卵というのが、いくらでも補充の効く代物ではなさそうだった。


「パラの修練は明日から行う。明朝八時に先程いった訓練場へメイドと共に来てもらえれば、それまでの時間に町を散策しようが、部屋にこももっていようが、お主たちの好きに過ごしてもらって構わん」


 ここへ来る前、広い訓練場が隣接された建物に連れて行かれた。俺はそこを軍学校のような場所だと認識していた。


「え……、急にそんなこといわれても困ります……。食べ物とかどうすれば……」


 小柄の坊ちゃん刈りがあたふたしながらいった。誰かに従っている時は何も考えないで良かったが、いきなり放り出されるとなって不安になったのだろう。


 世の中には、誰かに支配されていないと不安を覚える人が居ると聞いたことがある。俺にはその感覚が全く理解できないが。


「金銭の心配しておるなら無用じゃ。お主たちには大抵のことに不自由しないだけの軍資金が給付されるからの」


「明日までにやっておいた方がいいこととかありませんか?」


「お主たちとはこうして普通に意思疎通できとるわけじゃが、リーンホープ文字は読めないはずじゃ。やることが思い付かないなら、本を買って勉強するのはいいかも知れぬな」


「勉強をすればいいんですね?」


「それも一つの選択肢という話じゃ」


「わかり、ました……」


 もっときつく言い付けてください、とも言い出しにくい雰囲気だったので、坊ちゃん刈りは意気消沈気味に頷くことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る