メイドは親身になる②
「それでも戦わないといったら?」
誰も口を開く気配がなかったので、俺はそう問いかけた。今すぐに俺たちをどうこうする様子もなかったので、もう少し自分たちの価値を見極めようとした。
「
「そんなことが――」
「可能だ! 其方らは神々の
ハインケイルは食い気味に言い放った。
「その奇跡とやらでこの世界を望んでも?」
「それが真の望みであるなら、願えば良かろう」
俺の揺さぶりには一切動じず、ハインケイルは逆に不敵な笑みを浮かべた。
もしかすると、俺たちが決してそのような野心を持たないと、召喚の段階である程度思想や性格の選別を済ませているのかも知れなかった。
それとも、神々の奇跡そのものがまやかしか。
「本当に望みが叶うんっすか?」
細身の茶髪が目をキラキラさせていった。
「叶う。人の身に余る願望を持つ者に、神々は寵愛を授けぬからな。しかし、いくら余が叶うと口にしても、何の信用もなかろう。信用がなければ、其方らもやる気にならんだろう。そこでだ、今から神々の奇跡の一端を示そう。ライネル卿」
ハインケイルは、まるでこちらの心を見透かしているかのような台詞を口にした。
「はっ」
ライネルは三歩前に歩み出ると、大きく息を吸い込んだ。すると、何の合図もなくその体が燃え上がった。
ホログラムなどではない、熱風がこちらまで伝わってきた。
一同が目を丸くする中、ライネルが口端を吊り上げた。
「どうじゃ、お主たちの世界ではお目にかかれない力ではないか? これを神々の奇跡といわずして何という?」
全身を包んでいた炎は、ライネルの枯れ木のような手の平に収束していった。
何の意味があるのか、ライネルはその炎を口に含み、当たり所が悪かったのか思いっきりむせた。
手品の失敗を目の当たりにしたような、微妙な空気になった。
「我々はこの神々の奇跡を『パラ』と呼んでおる。其方らには、これからパラの修練に励んでもらう。互いに競い合い、時には
ハインケイルはその空気を払うように、有無をいわさぬ語気で締め括った。
王城内も暑いと思っていたが、直射日光下だと日本の真夏日を思い出す熱さだった。雨もよく降るのだろう、湿度も高く、町中には緑が生い茂っていた。
雨がよく降ると思ったもう一つの要因は、幅約十メートルの堀が王城を囲んでおり、水が張っていたからだ。
王城の前の橋でしばらく待っていると、巨大な
「お主たちの世界にリザードマンは居ないのかね」
面食らっている俺たちに、ライネルはいった。
リザードマンの引く馬車ならぬ
お世辞にも広いとはいえない石造りの四角い家だった。一人につき一軒の家を使っていいということらしい。
「部屋に居る子はお主たちの専属のメイドじゃ。先刻、着替えを手伝った
(一人一人に家一軒、おまけにメイドか。まだ利用価値がわからないのにこの好待遇、やはり俺たちにはそれだけの見返りが期待されているのか)
思っていたよりも状況は悪くないのかも知れなかった。少なくとも勇者の卵というのが、いくらでも補充の効く代物ではなさそうだった。
「パラの修練は明日から行う。明朝八時に先程いった訓練場へメイドと共に来てもらえれば、それまでの時間に町を散策しようが、部屋に
ここへ来る前、広い訓練場が隣接された建物に連れて行かれた。俺はそこを軍学校のような場所だと認識していた。
「え……、急にそんなこといわれても困ります……。食べ物とかどうすれば……」
小柄の坊ちゃん刈りがあたふたしながらいった。誰かに従っている時は何も考えないで良かったが、いきなり放り出されるとなって不安になったのだろう。
世の中には、誰かに支配されていないと不安を覚える人が居ると聞いたことがある。俺にはその感覚が全く理解できないが。
「金銭の心配しておるなら無用じゃ。お主たちには大抵のことに不自由しないだけの軍資金が給付されるからの」
「明日までにやっておいた方がいいこととかありませんか?」
「お主たちとはこうして普通に意思疎通できとるわけじゃが、リーンホープ文字は読めないはずじゃ。やることが思い付かないなら、本を買って勉強するのはいいかも知れぬな」
「勉強をすればいいんですね?」
「それも一つの選択肢という話じゃ」
「わかり、ました……」
もっときつく言い付けてください、とも言い出しにくい雰囲気だったので、坊ちゃん刈りは意気消沈気味に頷くことしかできなかった。
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