第5話 金曜日の不安
今日は週の終わりの金曜日。正確には土曜日で終わりだが、広瀬ペディアでは金曜日が週の終わりであると定義している。
だから、隔週でやってくる土曜授業はクソオブクソ。学生を休日出勤させるんじゃねえ。休日は休む日と書いて休日なんだよ。
今週は土曜授業が無いからウッキウキのはずなんだけど。
「はよ、広瀬。お前どんよりしてんな」
「おっす……、
「佐藤のイントネーション違くね?」
「細かいことは良いんだよ」
昨日の監禁事件から一日後。朝、教室に入って着席すると同じクラスの砂糖、じゃなくて佐藤に声をかけられる。糖分欲しすぎて名前間違えたわ。てへっ、メンゴメンゴ。
佐藤は僕のオタク友だちだ。眼鏡でくせ毛、塩顔という三拍子の典型的なオタク男子。砂糖のくせに塩。
こんな下らないこと考えてるなんて、僕はかなり疲れているようだ。いつもだったわ。
「部活って文芸部だったよな? ラノベにまんま出てきそうな」
「なんかメタいこと言ってんな。否定はせんけど」
「何が大変だったんだよ?」
「ああ、女子達が色々酷くてな……」
昨日の出来事を振り返る。藤宮さんに出会うところまではまだ良い。だが問題はその先だ。どんな事があったんだっけか。
部室に入る→椅子に縛られたクロ先輩を見つける→福原と藤宮さんを部室の外に出して紐を
これは酷い。酷すぎる。どれぐらい酷いかって言うと楽しみにしていたアニメが作画崩壊祭りになってるぐらい酷い。
「女子達が酷い扱いをしてくれるなんてご褒美じゃねえか。ん? どうした、広瀬。目が死んでるぞ」
「お願いだからクロ先輩みたいな事を言い出さないでくれ……」
なんで僕の周りにはドMが集まってくるの? スタンド使いの如く、ドMはドMに引かれ合うの? 僕はドMだった!?
センシティブがセンシティブに引かれ合うのはここ最近で経験済みだけど。
「まあ、元気出せよ。今日は調理実習があるからな。女子達がキャッキャウフフしてるところを見られる良い機会だぞ」
「混ざろうとは思わないんだな」
「混ざれるなら混ざりたいけどな。俺みたいなのが混ざって空気が可笑しくなったら嫌だろ」
空気の読めるオタク、素晴らしい。佐藤ってモブみたいな名前だけど、二週間、一緒に話した感じ普通に良い奴だよな。
頭も良いだろうし、塩顔だけどイケメンだと思う。目元もキリッとしてるし。運動神経が無いのが欠点の一つだろうが。知らんけど。
「じゃあ、俺は席戻るわ」
「おう」
僕と佐藤の席は特別近いわけでもない。なんで仲良くなったかというと、最寄り駅の書店でラノベを買っているところを見かけて僕から声をかけたのだ。その後はすぐに意気投合し今に至る。
別に陽キャの友だちがいるわけでも無いけれども、これで満足だったりする。そこまで大多数と仲良くしたいとも思ってないし、付き合う数が増えれば増えるほど、面倒になる。僕の場合は特に。
僕は鞄から文庫を取り出すと、しおりを挟んだところから読み始めた。本は好きだ。本に没頭すると周囲の雑音も聞こえなくなる。
そうして、しばらく物語の世界に没頭していると、気が付いたら一限の始まる二分前だった。危ねえ。来週から本好き陰キャ広瀬君とか呼ばれるところだったわ(※被害妄想)。
一限も二限も真面目に受けて、待ちに待った調理実習。別に待ってないけど。ただ、この調理実習で僕の素晴らしい女子力に惚れ込んで、告白してくれる女子がいるやもしれん。
両親は共働き、大学生の姉は僕に料理を作らせるからな……。料理の腕には自信があるほうだ。
「はーい、じゃあ適当に班を組んでおいたので、それに従ってやって下さい。レシピと材料は前においてあるからね」
教師用の机においてあるレシピを眺める。ふむふむ、今日の作るメニューは……、ハンバーグとコールスローサラダとオニオンスープ、あと米か。切るモノが多いな。
班員は、リア充女子の
僕アウェーじゃない? 大丈夫? まあ、幸い平井は隣の席でそこそこ話すから何とかなるか。
「役割分担はどうしよっか?」
ポニーテールを揺らしながら、赤澤さんがそう話を切り出す。最初に場をまとめようとしてくれる人は非常に有り難い。このメンバーだと、誰がリーダーでも大丈夫そうだけど。勿論僕は除いてだが。
知ってるか? まとめ役がいないときのグループ学習なんざ地獄だぜ。女子は女子同士で仲良く話して、男子たちは地蔵のように一言も喋らない、または小声で話す。あれほんと止めて欲しい。
「俺、料理全然出来ないから皿洗いに回るわ」
「あたしも無理」
「僕はまあまあ料理するから、作る側にいくわ」
「おっけー。私も作る側にまわるね。平井さんは調味料とか材料を都度、取りに行ってもらっても良い? ごめんね」
「りょ」
了解ぐらい略さずに言えよとも思うが、それが若者文化らしい。コイツら「そマ?」「そり!」とかで会話するからな。ある意味、言語の進化過程のの最終形態とも言えなくは無いかもしれない。いや、言えねーよ。
そんなんで、金沢と平井が材料を取りに行ったので、調理台に赤澤さんと二人っきりになる。特に話す話題も思いつかないし、黙っておこう。
それにしても……、流石クラスカーストトップの人間だな。黒髪ポニーテールに制服、エプロン、さらに美少女。高校生オタク男子の夢をこれでもかというほど詰め込んだ究極体。
追加で目が合うと微笑んでくれるオプション付き。閲覧料取られたりしない? これだけ見てもゼロ円とは恐ろしい……。
なんとなく恥ずかしくなったので、隣の班の様子を見ると佐藤と目が合った。佐藤は俺を見ると、分かるだろ? と言わんばかりに親指を立てる。分かるけどなんか
しばらくすると、平井と金沢が材料を抱えて戻ってくる。さて、仕事するか。広瀬シェフの包丁さばきをお目にかけよう。
「私はお米研いでおくね」
「じゃあ僕はその間に材料切っておくわ」
まあ、順番的にタマネギから切るのが良いんだろうな。手早くタマネギの皮をむいて、芽の部分を切り落とす。一つは薄切り、もう一つはみじん切りだ。
タマネギの皮を剥いたら無くなっちゃったZE☆ なんてことは勿論させない、起こさせない。
「うわ、上手いね広瀬君。すごい……」
「料理は昔からしてるからな」
米を研いでいた赤澤さんが褒めてくれた。うれぴい。女子から褒められるって照れ臭いけどな。
エプロン姿の制服ポニテJKから褒められる日が来るなんて、前世の僕はどれほどの徳を積んだのだろうか。
「本当に上手いな広瀬。毎日俺の弁当を作ってくれないか?」
「は、ハハハッ、金沢は冗談が上手いな」
聞こえるのは僕の包丁の音だけ。嘘の音は一切聞こえなかった。今のは冗談じゃないんですか?
もしかして、僕口説かれてる? クラス一のイケメンに迫られてる? 僕が少女漫画のヒロインならどれほど良かったか……。
「え、何? 広瀬ってそっち系だったの?」
「頼むから平井は黙ってくれ」
どうして金沢ではなく僕に対して言及してくるのか、ソレが分からない。なんか部活でもそんなこと言われたな。昨日の事なのに遠い昔のように感じる。
あー……、部活行きたくねえな……。僕は昨日の出来事で完全にHENTAI扱いされることだろう。HENJINからHENTAIに進化したよ! やったね!
なんてことを考えていると、タマネギもいつの間にか切り終わっていた。次はキャベツの千切りだな。繊維を断つ方向に千切りをしていく。
「千切りも上手いんだね、広瀬君」
「ははっ、ありがとう赤澤さん」
「ね、テクニカルすぎてキモい」
「ははっ、殴るぞ平井」
この女なんなん?
キャベツの千切りも終わったのでそのままコールスローサラダを作り始める。赤澤さんは既にハンバーグをこね始めていた。
JKのこねたハンバーグって売れそうじゃない? 我ながら最低な発想だな。
それからは特に問題が起こることも無く、僕はスープとコールスローサラダを、赤澤さんがハンバーグをつくり、あとの二人は盛り付けと洗い物をして調理実習を終えた。
作った料理は普通に美味かった。
あと、途中で佐藤と何度か目が合った。だからお前はこっち見んな。
「じゃあ、後片付けの終わった班から帰っていいよー」
家庭科教師のマダム(※あだ名)がそんなことを言ったので、片付けの終わった班からまばらに帰って行く。僕の班も片付けは終わっていたので、人の流れに沿って帰って行く。
さて、昼休みはどうするかな。今食べたばっかりだから昼飯を食べる必要は無いし。気乗りしないけど部室でも行くか。教室で周りの話を聞くよりはいくらかマシだろう。
ああ、美少女の呼び出しとかあればなあ……。
ピンポンパンポーン
『一年四組の広瀬奏多、二年一組の黒川
声から判断するに相当な美少女が放送をしたのだと考えられる。
念願の美少女からの呼び出しが叶ったわけだ。
……うん、百パー違うよな。僕何かしちゃいましたかね? クロ先輩も一緒に呼び出されていることに不安しか感じない。
逃げられるわけも無いので大人しく生徒会室へと足を進めた。
センシティ部な僕ら 村上 ユウ @kuropandaman
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