第3話 望み
薄明りの中で純子さんは手に何かを持っていた。灯りに目が慣れるとそれが氷の入ったグラスだと判った。
「お水を持って来ました。お飲みになります?」
純子さんの気遣いに感謝する。
「ありがとうございます」
起き上がり、受け取って飲もうとすると、純子さんはグラスの水を自分の口に含み僕の唇に重ねて来た。
口の中に冷たい感触が広がる。それは水だけではなく氷のせいだった。唇が離れると視線が純子さんと重なる
「いきなりすみません。水がお布団に零れたら大変だと思いまして」
正直、僕は純子さんに女性の部分をかなり感じていたのは事実だ。豊かな胸の谷間や美しい脚に魅力を感じていたのも事実だ。でも出会った初日に唇を重ねるとは思ってもみなかった。
「ご不快でした?」
上目遣いで僕を見つめる。その眼差しがとても艶っぽかった。
「いえ……でもいきなりなので驚きました」
それが正直な感想だった。でも今日出会ってからこの時まで僕と純子さんは気が合うと感じていたのは間違いない。
「すみません。実は彰さんが眠っている顔をずっとここで眺めていたのです。そうしたら綺麗な唇にどうしても触れてみたくなってしまって」
純子さんは正直な人なのだろうか。それともあからさまに心情を吐露する性格なのだろうか。寝ている間ずっと見られていたとは知らなかった。
「嫌だったら純子さんを突き放します」
そう言って自分なりに微笑んだつもりだった。そうしたら
「こんなことを言える間柄ではありませんが、実はお願いがあるのです」
そう言って僕に抱き付いて来た。豊かな胸を感じる。これはこれで悪くはない
「お願いって……」
今日初めて逢った人から頼み事を受けるとは思わなかった。
「私をここから連れ出して欲しいのです」
「連れ出す? それは」
「ここでは不味いですから」
純子さんの提案で、僕の質問に答える為に縁側に出た。夜空には星が光っていて涼しい風が吹いている。縁側に出たのは部屋だと離れでも伯父や伯母の部屋に声が届くかも知れなく、聞かれる可能性があるからだ。縁側なら反対側なのでその心配はない。後でそう純子さんは語った。
縁側に並んで座ると純子さんは語りだした。
「離婚して実家に帰れないのは覚悟していました。私の家も田舎なので村の噂が凄いのです。石女と言われるでしょう。だから叔母の家に預けられたのは理解できます。でももう半年になります。半年経てば法律では再婚も出来ます。ここに居るということは体の良い幽閉みたいなものなのです。」
そうか彼女としてみれば幽閉とそうは変わらないと言う訳なのかと思った。
「で、僕に連れ出して欲しいと?」
「はい。私の思いは図々しいかも知れません。でも誰でも良いという訳ではないのです。今日初めて逢った瞬間に、彰さんが私を救い出してくれる人だと感じたのです」
つまり俺は王子様と言う訳か。生まれて王子役になるのは初めてだ。
「じゃあ東京に連れて行けと言う訳なんですね」
「ずっとという訳では無いのです。東京では仕事を見つけて独立します。それまで僅かの間置いて欲しいのです」
正直言って甘い考えだとは思った。確かに僕の部屋は彼女を置いておく余裕はある。実は今の部屋に引っ越したのは前の彼女と一緒に暮らすつもりで少し広い部屋を借りたのだった。だが二股をかけていた彼女は別な男と結婚してしまい、この部屋に来ることもなかった。少しでも一緒に暮らした部屋ならさっさと引っ越してしまうが、今の部屋には彼女の思い出は何もない。忘れたい僕としては好都合だったから、そのまま住んでいるのだ。六畳が二間の二DKだから一部屋は純子さんが住んでも問題はない。
「お金が出来たら家賃も払います」
まさか家賃云々まで口に出すとは思わなかった。
「伯母さんはどう説得します?」
純子さんが口に出した答えは僕の想像の上を行くものだった。
「事実関係を作ってしまえば叔母も反対はしないと思います」
「事実関係?」
僕がその言葉を口にするかしないかの内に僕の唇は純子さんの唇で塞がれてしまった。温かくて濃厚な感触が僕を襲う。先ほどの氷とは違う感触だった。
先ほどから僕の心に残っていた僅かな灯のような想いが膨らんで燃え盛るのを感じる。唇が離れると僕は純子さんの背中に両手を廻し抱き寄せた。柔らかく蕩けるような感触が僕を襲う。
「部屋よりもここで。ここなら誰も来ませんし、声を出しても大丈夫です」
その純子さんの言葉に彼女の本気を伺わせた。その言葉を信じ浴衣の胸の合わせから手を滑り込ませる。やわらかく手に吸い付くような肌の感触が僕の心を燃え盛せる。
手は直ぐに豊かな胸に到達する。手の平より大きな膨らみが心地よい。純子さんは喘ぎ声を漏らさないように再び僕の唇を求める。
純子さんの腰に手を廻し紐のような帯を解き合わせを開くとその中は何も身に着けていなかった。月明かりに浮かんだ彼女の裸身は美しいと言う凡庸な表現では語りつくせぬ程だった。
「恥ずかしいです」
蚊の鳴くような声を一言だけ漏らすとその手は今度は僕の浴衣を解きにかかった。彼女の裸身を見て僕も既に固くなっていた。
お互いが着ているものを全て取り払い、夏の深夜、縁側で僕たちは交わった。全てを彼女の中に放った時僕は確信した
『僕は彼女に一目惚れしていたのだと』
素裸のまま部屋に戻り再び交わった。もう覚悟は決めた。今度はお互いを理解する為に時間を掛けて体の隅々まで愛し合った。
裸のままお互いを抱きしめていると。僕の胸元で彼女が
「私、愛し合うって事がこんなにも喜びの大きいものだとは初めて知りました。もう他の人では嫌です」
それは僕も同じ気持ちだった。これなら伯母にも説明出来ると思うのだった。
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