第4話 知られていた関係

 翌朝、早々に早起きをする。というのも昨夜のまま純子さんと一つ布団で寝ていたからだ。

「今日、時間を作って伯母さんに話してみるから」

 純子さんはブラを着けてTシャツを被り

「私も一緒にお願いしますから」

 そう言って僕より一足早く離れから出て行った。僕も着替えて出て行こうとすると、隣に住んでいる正孝が顔を出して

「覚悟決めたのかい? バツイチだし彰の両親も賛成するかな」

 僕の顔を横目で見ながら、そんなことを口にする。

「別にバツイチだから反対するようなことはしないと思うけどな」

 そんな反論にならない反論を口にすると正孝は

「まあ純子さんは美人だしな。性格も悪くないから、ここに居ても遅かれ早かれ母さんが誰か世話をするつもりだと思ったけどね。ま、頑張れよ。密かに応援してるから」

 そう言って自分の家の方に戻って行った。僕の知らない間に正孝は色々と情報を仕入れていた。僕でなければ純子さんしかいない。純子さんは正孝に相談していたのだろうか?

 母屋に行くと朝食の用意が出来ていた。伯母と純子さんが用意をしてくれた。

「彰ちゃん。ここに座って」

 伯母に言われた通りの席に座ると純子さんがご飯と味噌汁をよそってくれ僕の隣に座った。

 正面には伯父と伯母がやはり並んで座っている。伯父は最初は新聞を読んでいたが、僕と純子さんが座ると新聞を横に置いた。僕は二人に

「伯父さん伯母さん。法事が終わったら話があるのだけど」

 そう口火を切ると伯父が

「俺もお前に話があるんだ。それも大事な話が」

 この時僕は事態が既に知られているような気がした。ならば先に口火を切ることにした

「僕と純子さんは東京で一緒に暮らそうということなりました。ついてはそれを認めて欲しいのですが」

 単純に伝えた方が良いと思い余計な感情は入れなかった。

「正直驚いたぞ。昨日初めて逢った当人がもうそんな関係になっていたとは」

 伯父の口調は半分呆れ、半分驚いた感じだった。

「夜中、あんなに声が聴こえちゃねえ」

 伯母が薄笑いを浮かべながら呟くと伯父が

「そう母屋まで声が聴こえたぞ。今夜は気をつけろよ」

 そう言って笑って味噌汁に口をつけた。今度は伯母が

「純子も彰ちゃんもお互いが良いなら何も言わないけど、陽子ちゃんが何と言うかだね。純子の母親はあたしの姉だから何とでもなるけどね。あんたからも何か言う?」

 陽子というのは僕の母親の名前で、伯母は僕の母親が何と言うか心配しているのだ。だから兄弟でもある伯父さんに口を利くように言ったのだった。

「まあ、あいつは反対しないだろう。自分だって親の反対押し切って結婚したのだしな」

 僕としてはそれは初めて聞く話だった。

「伯父さんそれ本当なの?」

 驚いている僕の他は三人ととご飯に口を付けている。

「知らなかったのか。陽子さんは親の決めた婚約者が居たんだが、その相手が嫌で友達を頼って親元から逃げて来たんだ。それが弟の友達の彼女のところでな。その縁で知り合ったんだ。確かそう聴いてる」

 初めて聴いた話だった。親は僕にはそんな事情は全く言ってくれていなかった。テーブルの下で純子さんが僕の手を少し強く握った。僕も握り返した。

「しかし、似るのかねえ」

 叔母が伯父のご飯のお代わりをよそいながら言う

「ま、好きあったなら仕方ないんじゃないのか。別に純子さんに問題がある訳じゃないし」

 伯父と叔母は兎に角、賛成してくれたみたいだった。

 食事がお終わると法事の準備をする。昨日のうちに正孝がお寺に花や御盛物などの物を持って行ってるので今日は体だけだった。

 離れで夏の喪服に着替えようとしていたら純子さんが部屋に入ってきて

「着替え手伝います。私は今日は留守番ですから」

 そう言って僕のシャツを脱がそうとしていたので、両手を取って抱きしめ唇を重ねる。純子さんも予感していたのか素直に反応した。

 お互いに絡めあってから唇を離すと

「私うれしいです。彰さんと一緒に住めるなんて」

「明日一緒に東京に帰ろう! 親には後から何とでも説明するから」

 その言葉に純子さんは僕の胸で少しの間咽び泣いた。駄目だ、朝なのにこのまま離れたくなくなってしまった。その気持ちを封印する。

 着替えを手伝って貰って母屋に行くと伯父が

「彰。悪いが今日は運転してくれるか?」

 そう言って来た。もとよりその積りだったし、昨夜自分としては深酒をしたので今日は飲むつもりはなかった。

「いいですよ。今日は飲みたくありませんから」

 それにしても伯父も正孝も僕より遥かに飲んだはずなのに二日酔いの素振りも見せないのは凄い。

 今日の法事には伯父の家族と、隣町に住んでる次男の伯父夫婦が来る。二人の子供は仕事で来られない。後は祖母の姪や甥達だ。僕が運転する車(ワゴン)には僕と伯父夫婦二組と正孝夫婦の七人となる。ワゴンは八人乗りなので問題ない。

 午前十一時から法事が始まるので三十分前には寺に着くように家を出る。門の外で純子さんが見送ってくれた。

 寺は僕も以前に数回行ったことがあるので道は判っていた。二列目に長男の伯父と伯母。と正孝。三列目に次男夫婦という配列だった。正孝の奥さんの恵子さんは助手席に座っている。お互いが声を出して話しているので車内は賑やかだった。すると助手席の恵子さんが

「彰さん聴いちゃった! 凄いね。恋に時間なんて関係ないのね。私何か凄いものを見た気がするわ。だって純子さんて固くて色々な人が声を掛けても素知らぬふりだったのよ。それが……本当に驚き!」

 恵子さんはそう言って嬉しそうに語る。すると正孝も

「そうそう。俺もチャンスがあればと思っていたんだけど、取り付く島もなかったよ」

「ちょっと冗談はやめてね。帰ったらちゃんと説明してね」

 恵子さんが少し中っ腹で言うと正孝は

「だから冗談だって」

 そう言って恵子さんをなだめていた。そうこうしているうちに車は寺について、間もなく法事が始まった。

 墓参りを済ませると「精進落とし」のために予約している料理屋に向かう。ここも前に来たことがあるので道は知っていた。考えると伯父は僕なら道を知ってるからと事で運転を頼んだのだと思った。

「精進落とし」も済むと。引き出物をそれぞれに渡して解散となる。祖母の甥や姪はそれぞれが車で帰って行った。僕は長男の伯父夫婦と正孝夫婦を降ろすと隣町の伯父の家に向かって車を走らせた。来る時は正孝が迎えに行ったのだが飲んでしまったので送るのは僕の役目になった訳だ。車の中で伯父は

「彰、何かいいことがあったそうじゃない」

 そんなことを言ってニヤついている

「もう知ってるんですか。みんな口が軽いな」

「それは柳瀬家の伝統だから」

 伯母が横から口を挟む。僕は仕方ないので

「まあ、一目惚れってやつですかね。そんなことがあるなんて初めてでしたよ」

 そう言ったら今度は伯父と伯母による恋愛論が語られてしまった。ようは皆、僕を肴にしたかっただけなのだと判った。

 伯父の家に戻ると純子さんは幾らも無い自分の荷物を纏めていた。ボストンバッグに二つ程度の量だった。兎に角今日は、もう一泊して明日帰る予定だった。こうなるなら父から車を借りて来れば良かったと思った。

 その日の午後、僕と純子さんは昨日の小川に居た。河原の大きな石の上に二人で座って足を川に着けて涼しんでいた。

「今度来た時は水着を持って来て泳ぎたいですね」

 僕も同じ気持ちだった。

 明日は二人で東京に帰るという想いでいっぱいだった。

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