第51話

 勇者、それは神より選ばれし正義の代行者。

 魔王を倒すために聖なる力を授かった最強の人間。


 もちろん勇者は人々に希望を与える存在である、といい伝えられていた。

 しかし、今世の勇者は違った。


 赤い髪を立たせ、威圧ある風貌をしていた。

 その背中には聖剣と呼ばれる神聖武器を持ち、勇者として、見た目はしっかりしていた。



「うぅ……、ぼ、僕なんかに魔王討伐は無理ですよ……」



 しかし、その見た目とは裏腹に今世の勇者はすごく弱気だった。



「大丈夫ですよ。勇者様のお力があれば魔王なんて一瞬で捻り潰せます」

「そ、そんな物騒なことを言わないでよ……」

「ほらっ、皆さんも勇者様には期待されておられますよ」



 教会の長は勇者に対して微笑みかける。

 ただ、勇者にはどうやっても魔王に勝てる未来が見えなかった。



「ほ、本当に行かないとダメ?」

「ほらっ、しっかりしてください。その聖剣に認められたお方がそんな弱腰じゃ、聖剣がまた別の人を探しますよ」

「僕としてはそれでいいのだけど……」

「またそんなことを言って……。ほらっ、頑張って行ってきてください! 今は辺境の地にいるという報告を受けてますので……」

「うぅ……、逃げても良いかな……」

「そんなことをしたらこの国の人たちが全滅しますけどよろしいですかな?」

「うっ、わ、わかったよ。頑張ってくる……」



 勇者は重たい足取りのまま、ゆっくり辺境に向かって歩き出す。


 ――できるだけゆっくり行こう。


 気乗りしない勇者はそんなことを思っていた。

 すると教会長はにっこりと微笑んで、手を一回鳴らす。


 その瞬間に勇者の前に一台の馬車が止まっていた。



「勇者様がヤル気になってくれて良かったです。道中で道に迷ったりしないようにしっかり案内させていただきます」

「えっ、そんなのいらな――。って、うわぁぁぁぁ……」



 勇者はあっという間にさらわれていく。

 そして、気がついたときには辺境の地へとやってきていた。


 薄暗い森。

 なにやら地響きのような音が一定間隔で響いてくる。


 ――ぼ、僕にやっぱり魔王なんて倒すことができないよ。そ、そうだ、ここは負けたことにして……。


 勇者はこの王国が戦火に飲み込まれる姿を想像してしまう。


 ――ほ、本当に僕が行くことで魔王を倒せるなら……。


 勇者は気合いを入れ直して、音のする方へと近づいていく。

 するとそこには圧倒的な威圧感を出す魔王がボコボコにやられ、必死に逃げ惑っている姿があった。



「へっ!?」



 ――戦うのが嫌すぎて夢でも見てしまったのだろうか?

 思わず目をこすり、もう一度状況を確認する。

 すると、魔王を追いかけ回っているのは小さな、勇者よりも更に小さな少女であった。



「あははっ、魔王とか言うやつはその程度の力だね」

「ちょ、ちょっとまて、エーファ! あまり一人で突っ走るな。攻めるんじゃなくて追い払うだけだって言っただろう?」

「わかりました、ソーマ様。……あれっ? そこにいるのって――」



 ――やばっ、気づかれた!?


 勇者は慌ててその場を離れようとする。

 しかし、あっという間に獣人の少女に摘まみ上げられていた。







 魔王からの猛襲が続く中、ようやくエーファとアルバンが帰ってきてくれた。

 今回は本当にエーファの背中に乗って戻ってきたので、思わずラーレがアルバンのことをロープでぐるぐる巻きにしていた。



「いきなり何をするのですか!?」

「小さい子に乗っている男がいたら捕まえるでしょ!」

「仕方ないでしょう! エーファの飛行がないとこの領地に戻ってこられなかったのですから」



 確かに魔王が襲ってきている今、この領地に入るには城壁を飛び越えないといけなかった。



「しかし、本当に魔王が襲ってきてるとは……」

「あぁ、この城壁が破られることはないが厄介だな。特にこの音……、あまりいい気はしないな」

「ソーマ様が困ってるのなら私がどうにかしますよ!」



 エーファが名乗り出てくれる。


 ――確かにエーファの龍魔法なら遠距離から魔王に攻撃することもできるか……。


 まだそこまで飛び抜けて威力は大きくないが、鼓舞と激昂の両方を使えばなんとか対抗できるほどになるだろう。



「わかった。ただ、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

「任せてください!!」







 そして、結果は魔王をあっさり追い返してしまった。

 一体どこまで数字が上がってるのか……。


 見たいけど、見たくないな。


 一旦保留にしておいて、助けた少年を見る。


 見た目ものすごくやんちゃそうな少年だが、その身にまとう雰囲気はクルシュに近いものを感じる。

 でも、背中にはごっつい剣を持っていた。


 そのちぐはぐな感じを不思議に思っているとアルバンが声を出す。



「ま、まさか、勇者様ですか!?」

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