第16話

 領主であるソーマにお礼を言った後、恥ずかしくなったラーレはすぐにそっぽ向いていた。

 そして、恥ずかしさを紛らわすために釣り竿の針を小川へと垂らすと、ぼんやり考え事をしながら流れる水を眺めていた。



 全く、どうして私なんかに優しくするのよ! 私はあんた達の力をシュビルの領主に売ろうとしているのよ! お金を稼ぐために……。



 ジッとしていられなくなって、気がついたらラーレは貧乏揺すりをしていた。

 しかし、それに気づくことなく、深々とため息を吐く。



 お母さんの薬……、S級品質の万能薬が必要なんだけど、それを買うには天文学的なお金が必要になる。

 領主の依頼を達成すれば金鉱石が取れる場所が描かれた地図がもらえる。

 ――でも、その地図が本物とも限らないし、金鉱石を集めたとしてもいつ薬の代金が集まるか……。


 それなら、ソーマに協力してさっきの品質を上げる力で万能薬を使ってもらった方が確実だ。

 ただ、こちらも品質を上げる素材がわからない、と言っていた。



 私はどう動くのがいいんだろう?



 ぼんやりと考え事をしていると、ラーレの竿がピクピクと動く。


 しかし、ラーレがそれに気づく様子はなかった。

 すると、竿が動いていることに気付いたクルシュがラーレの後ろへ回ってくる。



「ラーレさん、お魚さんが釣れてますよ」

「えっ、あっ……」



 慌てて持ち上げようとする。

 しかし――。



「紐……、切れちゃいましたね……」



 クルシュは残念そうに小川を見ていた。



「ご、ごめん……。私が注意してなかったから……」

「いえ、大丈夫ですよ。一匹逃げられたのなら二匹捕まえたら良いだけです。私に任せてください」



 ドン、と自分の胸を叩き、咳き込むクルシュを見て、ようやくラーレも小さな声で笑っていた。




◇◇◇




 ラーレとクルシュが笑い合っている姿を見て、俺はどこかほっとしていた。


 このまま誰にも馴染まないかもしれない……と思っていたけど、もう大丈夫そうだな。


 あとは彼女がどのような選択肢をするかわからないが、それを応援するだけだな。


 ぼんやり二人を眺めていたら、順調に魚を釣り上げていき、気がつくと大量の魚が釣り上がってきた。


 そして、それをクルシュとラーレが調理していってくれた。

 焼いて、塩をかけるだけだが――。






「ふぅ……、お腹いっぱいですね。さすがラーレさん、お魚の焼き方が完璧です!」

「あんたがいきなり真っ黒にしたから私が焼くことになったんでしょ!? ずっと見てたのにどうしてそんなことになるのよ!」

「た、たまたまですよ? いつもはもっと上手く……ちょっと焦げる程度なんですから――」

「焦がすことには違いないのね……」



 ラーレが呆れ顔を見せていた。

 そして、一人で小川の方へ歩いて行った。


 その後ろ姿を見送った後、クルシュは食べかすを片付け始める。



「では、私は後片付けをしておきますね」

「そうか、それなら俺も手伝う……」

「いえ、私は一人で大丈夫です。それよりもソーマさんはラーレさんに付いててくれますか?」



 クルシュが小声で俺に言ってくる。

 ラーレは川へ向けて小石を投げながら、ぼんやりとしていた。



 確かにどこかもの寂しい雰囲気を出している。



「わかった。少し話してくる」

「はい、よろしくお願いします」






 俺はラーレの隣に座る。

 ただ、何も言うことなく同じように小石を投げていた。


 すると、ラーレの方から語り出してくれる。



「あんたの力……」

「……」



 下手に俺が口を出すとラーレは話すのをやめてしまうかもしれない、と無言のまま聞きに徹する。



「例えばだけど、S級の薬を作ろうと思ったらどのくらいの素材がいるの?」

「そうだな……。まだS級までは試したことがないな。今はD級の回復薬で精一杯だ。その回復薬の品質を上げるのにC級魔石が五十個必要になるな。しかも確実に成功するとは限らない」

「そう……」

「ラーレはどこか病気なのか?」



 十分戦えているし、体が悪い風には見えない。



「いいえ……。私じゃないわ……」



 つまり、彼女の知り合いがその薬を必要としているのだろう。



「わかった。その薬、俺が作ってやる! それならラーレも心配事がなくなるんだろう?」

「どうして……」

「んっ……?」

「どうして、そんなに優しくしてくれるのよ。私はあなたたちを売ろうとして……」

「そんなの決まっているだろう? ラーレは俺の領民だ。なら守るのも不安を取り除くのも俺の仕事だ」

「ははっ……、もう、そればっかり……」



 ラーレは目から流れる涙を拭う。

 そして、ようやく心からの笑みを浮かべてくれる。



 これでしっかりと領民になってくれたんじゃないだろうか?

 水晶を見てみると、はっきりラーレの能力が表示される。



【名前】 ラーレ

【年齢】 16

【職業】 探索士

【レベル】 10(0/4)[ランクD]

『筋力』 8(49/450)

『魔力』 5(62/300)

『敏捷』 18(712/950)

『体力』 9(276/500)

【スキル】 『短剣術』3(785/2000)『索敵』4(1022/2500)『気配探知』5(625/3000)『隠密行動』2(882/1500)



 なるほど……、探索士か。

 暗殺者みたいな能力をしているな。


 ただ、特筆すべきはやっぱりレベルだな。


 ランクDのレベル十。


 俺やクルシュに比べると相当高い。

 このランクが高かったから、簡単に領民にならなかったのかもしれない。


 まぁ、それとは別に約束をした以上Sランクの薬が作れるようにならないといけない。


 グッと気合いを入れたときに小川の方からクルシュの悲鳴が聞こえてくる。



「た、助けてくださいぃー。巨大なお魚がぁ……」



 クルシュの手にはラーレが使っていた品質の上がった釣り竿が握られており、その糸の先には俺たちよりもでかい魚の姿があった。



「ラーレさんの釣り竿が動いていたので、思いっきり釣り上げようとしたのですが、なんかとんでもないものが釣れちゃいましたぁぁぁ」



 これは、品質が上がったことと、クルシュの『釣り』スキルが影響しているのか?



「ラーレ!」

「えぇ、わかったわ!」



 ラーレが短剣を抜くと巨大魚に切りかかる。

 それに合わせるように俺も『鼓舞』のスキルを使うとラーレはにっこり微笑む。



「連続切り!!」



 両手に握った短剣で巨大魚はあっという間に三枚に下ろされていた。


 そして、短剣をしまい込むラーレ。

 俺に手を差し出しながら言ってくる。



「探索士ラーレよ。改めて、ここの領民……になってあげるわ。で、でも、今のはバフがなくても私一人で倒せたんだからね!」

「ははっ、まぁ、危険はないに越したことはない。それに探索士がついてくれるのは心強いよ」

「当然よ。私の力があれば危険なんてあるはずがないでしょ」



 ラーレは恥ずかしそうに顔を背けながら腕を組んで言ってくる。

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