第7.5話 慕 情 ~サクラの花が咲く~
『姫様にはずっと笑っていて欲しい。姫様の笑顔を守るために、悲しい思いをさせないために、・・・』
部屋の窓を開ける。
春風が部屋の中を駆け回り、少女の髪を掻き上げながら消えていく。
「はぁ・・・。」
(ため息が出る。・・・そんな事言われたの初めてだな。どういう意味で言ったんだろう?・・・考えるほどに胸が苦しい。)
闘技場の惨劇から1週間が経ち、西の都ではいつもの日常が戻っていた。
1人の女性を除いて。
サクラは部屋の窓から何となく外を眺めていた。
『ななよん、どうした?』
『キュッ!』
『あぁ、俺の皮手が落ちてたか。ありがとな。』
(あ、てつや様。今日も訓練をしてるんだ。
ななよん・・・変な名前。何か由来があるのかな?それとも、てつや様の世界では生き物に名前をつける時によく使う名前だったりするのかな?
・・・何で、もっとてつや様の事が知りたくなるんだろう。彼は私を一度助けてくれただけなのに。
・・・何で、てつや様の事ばっかりが頭の中に浮かぶの?彼は私に優しい言葉をかけてくれただけなのに。
何でこんなに胸がドキドキするの?何で・・・。)
「はぁ・・・。」
(私・・・てつや様のこと・・・。)
彼女はそれから先の事を考えないようにした。
庄野がふと目線をあげサクラと不意に目が合う。庄野の会釈に対しサクラは軽く手を振り返した。
(・・・彼は異界人。ここにとどまる人間じゃないもん。元の世界に家族や大切な人がいるはずだよね。・・・私のこの気持ちは誰にも伝えないでおこう。心の奥底、決して開かれることのない金庫の中にしまっておこう。)
サクラは机の横に立て掛けてある杖を見つめながら、今何をすべきかを考えていた。
(私はサリアン王の三女、西の都をあずかるもの。サリアン王国唯一の聖魔導師。私の魔法は傷を癒し命を救う、民を助けるのが私の、父上から承った大事な使命。
・・・果たさなきゃいけない。あの人も同じように父上から頂いた使命のもとここにいるのだから。)
コンコンと部屋の扉をノックする音がする。
「入っても大丈夫ですかね?」
「どうぞ、アルフ。」
「お茶を持ってきましたね。どうぞ。・・・おや、庄野さんは今日もコピードールと戯れてるね。・・・珍しいね、窓を開けて外を見るなんて。何かあったのかね?」
「ありがとう。えっとね、・・・、彼も帰りを待つ家族や大切な人がいるのかなって。」
「ん?姫様、聞いてないのね。彼の家族はね、小さい頃に、その・・・事故で、両親は亡くなったらしいね。」
「え・・・そうだったの。」
「だから帰りたいかって聞いたときね、微妙な返事してたね。『帰れる方法は知りたいけど今すぐ帰りたいかって言われると違う』って。」
「・・・。」
「仲間に言葉を伝える方法が欲しいって言ってたね。手紙とかなんでも良いって。それで、『今は守らなくちゃいけない人がいる、その人の側にいないと』って伝えたいんだってね。一体誰の事かねぇ?フェッヘッヘッヘ。」
「えっ!えっと・・・その・・・。」
赤面したサクラの顔を見てニヤニヤしながら老兵は部屋を出ていった。
(・・・てつや様。私は・・・。)
彼女の名はサクラ。
西の都随一の聖魔導師。
回復、治癒の魔法を得意とする『癒しの姫』の異名を持つ。
彼女の魔法が庄野を救うのはまた別の話。
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