第7話 地位 〜自衛官であり、騎士であり〜
(訓練以外で武器を人に向かって指向するのが初めてになるかもしれない。
人を・・・この手で殺さなければならないかもしれない。そうだ、ここは日本じゃない。やらなきゃ、やられるんだ。
・・・でも・・・。)
闘技場に向かいながらも庄野は不安を抱えていた。そんな状況でも、馬車で移動しながらアルフの説明を必死に聞いていた。
「庄野さん、いいかね。闘技会は『何でもアリ』だからね。
降参したり、場外へ出た場合は負けっていう敗北条件はあるけど・・・そんな生易しく敗北する事なんて、滅多に無いね。基本的には、殺すか殺されるかの2択だね。
だからね、本当にマズイと思ったら、すぐに逃げないと、本当に死んじゃうからね?
・・・あと、その顔に塗ってるのは何なのかね?」
「ドーランです。」
「・・・顔に塗装すると何かあるのかね?」
「相手から見えにくくなります。」
「・・・そうかね。」
庄野もかなり緊張状態にあり、塗っても無駄なドーランを顔に塗りたぐっている。
人間は、焦っているときほど本来の姿が出たり、思うように体が動かないことがある。
そうならないよう、いつもと同じように同じ事が出来るよう、『ルーティン』というものが存在する。スポーツ選手の殆どが、このルーティンを大切にしている。
庄野も同様に、いつもと同じ状態をつくれるよう、ドーランを塗っていた。
「ここが闘技場だね。」
「・・・大きいですね。」
目の前にはドーム型の建物が建っていた。『これが闘技場です』と言わんばかり、ヨーロッパに建造されたコロッセオを彷彿させる建造物である。
中にに入ると、怒号なのか歓声なのか分からない。お祭り騒ぎとは違う。暴動のような状態となっており、闘技場の中は砂塵が舞っていた。
庄野とアルフはその傍らで1人、涙を流す女性の元に走った。
『「姫様!」』
「うぅっ、ひっく、うぇぇ、ひっく、嫌ぁ。やめてぇ・・・もう・・・誰も・・・さないで。おねが・・・、ひっく。
あ・・・て、つや・・様!・・・お願・・たす・・・て!」
(・・・酷い。)
闘技場の砂塵が晴れていく。悲惨という言葉以外に表現できるものが無い。
生きているのか死んでいるのか、何人ものが外壁に打ち付けられている。地面には元々人間だったものが黒焦げになって何体も転がっている。
中央には赤いマントを翻しながら高笑いしている男、その横には3m程の赤い竜が口から火の弾を吐き出し他の参加者を蹂躙していた。
「あっはっはっは!燃えろ!消し飛べ!
あっちもだ!やれ!レッドドラゴン!
はっはっは!!・・・ん?」
赤マントの男の足元に、土下座するよう頭を地面に擦りつけて懇願している男性がいる。
「頼む、やめてくれ!・・・降参だ!・・・場外に出してくれ・・・。間違って入って。」
「そうか。
じゃあ、返してやろう。レッドドラゴン、彼を掴んでやれ。」
「あ、ありがとう。助かっ・・・ぎゃぁぁぁぁ!な、なん・・・。」
「あっはっはっは!馬鹿が、『掴んで殺れ』と命令したんだ!何が『あ、ありがとう』だ。間抜けがっ!
そら、土に『返してやる』よっ!
レッドドラゴン!地面に叩きつけて、火葬してやれ!」
レッドドラゴンは握りつぶした男性を地面に叩きつける。観客席まで血肉が飛び散り、怒号は悲鳴へと変わる。
男性だったものに火を吹きかけ、一瞬にして土へと変わっていった。
「はっ!雑魚が・・・。
ほら、どうした?もう終わりか?
おいおい。誰も来ねぇなら、見てるお前らも、優勝賞品もまとめて燃やしてやろうかぁ?ヒャハハハハハハ!!」
(許せない。
同じ人間として、許してはいけないっ!)
惨劇の様子を見て泣き叫ぶサクラ姫の傍らで、庄野の頭の中は怒りと殺意で埋め尽くされた。
「アルフさん。防弾チョッキ、89式小銃、拳銃、弾倉、これらは置いていきます。見ててください。」
「おい、庄野さん!武器はいいのかね・・・っ!
って、もう聞いてないね。
大丈夫なのかね、あの男は・・・。」
観客席から颯爽と飛び出し、庄野は場内に立った。
庄野が飛び出した事に、観客席からは大きな歓声が湧き上がっていた。
「あん?
何だお前・・・自衛隊じゃねぇか!
使い魔3匹か。良いねぇ!はっはぁ!」
(・・・アルフさんの話だと、サリアン王国の異界人のトップらしい。自衛隊を知っているということは、日本人か。
人の命の重みも理解してない傲慢さ。機能性より見た目重視な酷い格好。戦闘は使い魔任せ。
ならば・・・。)
「ななよん、3。きゅうまる、10。ひとまる、7。砂で隠蔽した状態で次の指示まで待機。ドラゴンに攻撃を受けそうなら、回避してプラス2動け。」
庄野の言葉が終わると、コピードール達はバラバラと走っていった。
「おいおい、お前の使い魔、どっかに行っちまってるのけど、良いのか?」
「・・・。」
庄野は何も言い返さない。
「何か喋れや!何も言い返せねぇカスが!
コイツ、ムカつくなぁ!使い魔は無視だ、このカスからやれ、レッドドラゴン!燃やしてやれぇ!」
庄野に向かって火の玉が飛んでくる。
姿勢を低くし、横に飛び込み前転をするように回避する。
(思ったより火炎が飛んでくる速度が早いな。・・・だが、避けられない速度ではない。
相手が賢いドラゴンで良かったよ。)
「逃げるだけかよ!やれぇ!」
火の玉が何発も庄野に飛んでくる。
が、当たらない。ギリギリ避けていると言うわけではない。
純粋に外れているのだ。
「なんっで!当たらないんだよぉ!糞がぁ!
おい!レッドドラゴン!ちゃんと狙えよ!どこ狙ってるんだ!」
「お前、ちゃんと使い魔の事見てないだろ。」
「は?何言って・・・。」
「ななよん!きゅうまる!突撃だ、突っ込め!」
庄野の命令で砂の中に隠れていたコピードール達が走り出す。ななよんは男の左正面から、きゅうまるはその反対から男に向かって走っていく。
同時に庄野はナイフを片手に構え、正面から突っ込む。
「左!違う、正面から!ええと・・・後ろを守れ!いや、あいつだ!あいつから、自衛隊からだ!」
「良いのか?俺で。
ひとまる、飛べ!」
「キュッ!」
男の足元の砂の中からひとまるが顔面に体当たりする。
「うわぁ!
コイツだ!こいつからやれぇ!俺を守れ!」
「無理だ。ドラゴンにそれはできない。」
一瞬の隙に庄野は男の腕を掴み、手を顎の下に入れ、そのままうつ伏せに倒し喉元にナイフを当てた。
(・・・状況判断不十分、新隊員の方がまだマシだな。)
「動くな。ドラゴンに攻撃しないよう命令しろ。」
「わぁぁぁ!
・・・れ、レッドドラゴン!動くな、何もするなぁ!」
先程まで殺意をむき出しだったレッドドラゴンはおとなしくなり、その場にドスンと座り込んだ。
「何で、なんで、レッドドラゴンのブレスが当たらないんだ・・・魔法も使ってないお前が・・・。」
「ん?単純な話だ。
お前がドラゴンの邪魔をしているんだよ。」
「え・・・?邪魔?どこで?」
「・・・ドラゴンがブレス攻撃をするのに、お前さんはドラゴンの目の前に立ってな?
普通に邪魔だろ。
ドラゴンはブレスを吐くとき、お前さんに当たらないよう、少し首をずらして吐いていたの、気づいてたか?
だから、俺はお前が俺とドラゴンの間に来るように立ち回っていたたけだ。お前を少し避ければドラゴンブレスが吐ける位置に立ち回れば、吐く方向がわかる。それを見越してブレスが吐かれたら反対方向に避ける。それだけだ。」
「・・・。」
「かなりわかりやすく説明したつもりだったんだが、理解出来ないのか。まぁ、いい。分からないなら、お前がここでやった悪行の罪深さも分かってないだろう。」
庄野はナイフを振りかざす。
「待ってくれ!助けてくれぇ・・・ッ!」
「そうやって命乞いをした人間を何人殺した?異世界だからって何しても許されるわけが無い。そうだろ?」
「でも、やれって言われて・・・だから!」
「そんなもの理由にならない。お前は沢山の人間を殺した。」
「じ、自衛隊だろ?だったら、助けろよ!」
「あぁ、助けるよ。罪を犯してなければ。」
「警察だったら犯罪者を傷付けないように逮捕するのに、自衛隊はやらないんだな!人殺し集団がっ!」
「・・・言いたいことは済んだか?
今の俺は自衛隊じゃない。あそこにいらっしゃる姫様の騎士だ。
『優勝賞品も燃やす』だったか?
騎士として、姫様を危険な目に合わせようとする人間は、排除する。
死ね。」
遠くで少女の叫び声が響き渡る。
「だめぇ!!!・・・お願い、もう・・・うわぁぁぁん!」
(・・・。俺は・・・どこまでいっても、自衛官か。)
庄野はナイフを納めた。
「え・・・?」
「・・・俺は今、サクラ姫の騎士としてここにいる。騎士として何をすれば良いか・・・はっきり言ってわからない。
だが、これだけはわかる。
彼女の泣く顔を見たくない。
泣かせたお前を許せない。沢山の人間を殺して笑ってるお前を許せない。だから殺そうとした。
だが、姫様にはずっと笑っていて欲しい。姫様の笑顔を守るために、悲しい思いをさせないために、今はその為にここにいる。だから、今はお前を殺さない。それだけだ。
姫様はお前を許したが俺はお前を許さない。
2度と彼女の前に出てくるな。、2度と、人を無下に扱うことをするな。」
結果、闘技場での勝敗がつかなかったため婚約の話は無くなった。サクラ姫も無事に西の都に戻ってきた。
(騎士という立場になっても結局俺は自衛官だ。
誰かのために在ろうという姿勢は変わらない。
いや、多分・・・変わることはないだろう。)
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