第6話 取 説 ~コピードールの使い方~
「お前達は将来指揮官になる。指揮をするならまずは部下を掌握しろ!明確な企図をもって命令を与えるのはその後だ。
…今は教育の場だ。
掌握をせずとも、皆が次の行動を分かっている。だから、何も言わなくても、状況を理解して勝手に動く。
しかし実際の現場では、そんな事はありえない!
次に何の行動を取ればいいのか、全員が理解をしているわけではない。それに、起きている状況を把握しているわけでもない。
だからこそ!
教育の場だからと掌握することを省略せずに、ちゃんとやる癖をつけておくんだ。」
『指揮の要訣』というものがある。
内容は割愛するが、一番初めに記載されている文言は『指揮下部隊を確実に掌握し、』と始まる。
部隊と一言に言っても、それには一人一人の隊員の体から、部隊として持っている装備品まで幅広く含む。
それらを確実に掌握する。いつ、どんな時でも即座に行動出来るように。指揮とはそこから始まる、というものである。
例えば、土日に災害派遣要請がかかったとする。
どれだけの隊員が駐屯地に集まれるか。
誰か旅行に行ったりしてないか。
風邪をひいていたり体調不良はいないか。
人だけではない。物だってある。
車両は何両使えるか。
糧食は何日分準備ができるのか。
夏場だったら、水はどれくらい持っていけるのか。
いつ、誰が、どこにいるか。何が、どれぐらい、どこにあるか。それらはどれくらいの時間で集めて任務を実施できるか。
『指揮下部隊を確実に掌握する』とは、幾人もの管理からなるものである。
(・・・ん、朝か。懐かしい教育を思い出したな。防衛大学の頃だったか、幹部候補生学校の頃だったか。)
起床ラッパが無くとも朝の5時には起床する。
そして、いつもと変わらないようにベッドメイキングをする。
身の回りを整理整頓が終わったら、早朝に約1時間の駆け足。
『体力の維持のため』『健康のため』に早朝走る人は自衛官の中にも多々いるが、庄野は『義務』としてベッドメイキングを含めて行っている。ここまでやっていれば、もはや職業病である。
(さて・・・この世界にきてから1ヶ月。
色々出来るようになったが、基本基礎を怠ってはならない。まずは、反復演練だ。)
「集合!・・・ななよん、きゅうまる、ひとまる。」
「キュッ!」「キュッ!!」「キュッ!」
『ななよん』、『きゅうまる』、『ひとまる』とは、庄野がコピードールにそれぞれつけた名前である。3匹のコピードールは庄野の号令がかかると、横一列に並んだ。
センスがあるかどうかは、人それぞれの感性があるのでコメントは控えるが、筆者の知る友人のペットの名前はこれだった。
「ななよん、前へ。」
「キュッ。」
毛並みに年季があり、他のコピードールと比べて年を経ているななよんと呼ばれるコピードールがチョコチョコと歩き、前へ出てくる。
「休め。」
「キュゥ。」
ななよんは猫がだらけているかのように、地面にぐでっと倒れる。
「きゅうまる、前へ。」
「キュッ!!」
一回り他のコピードールより体格のある、きゅうまると呼ばれるコピードールがドシドシと歩き、前へと出てくる。
「休め。」
「キュ〜。」
きゅうまるはゴロンと腹を上に見せるように横になる。他と比べて態度がふてぶてしい。
「ひとまる、前へ。」
「キュッ!」
若い。その一言につきるほど元気なコピードールがトテトテと前へ出てくる。
「休め。」
「キュゥ。」
真面目なのか、ひとまるはゴロンと倒れたりしない。
「よし。いくぞ、『複製《コピー》』!」
「キュ?」「キュ?」「キュ?」
3匹が同じように首をかしげる。何も起こらない。
3匹の頭にメモ帳の切れ端を置いてみる。何も起こらない。
「これをコピーしろ」と命令する。何も起こらない。
(・・・全然分からん。
アルフさんにも姫様にもコピードールの事を聞いたのだが、『同じものを作る事が出来る』としか言ってなかったが、やり方がわからない。
『複製』という魔法は存在する。だから、使い魔に対してそれを命令すれば使えるらしい・・・普通なら。
ここ何日もやってはいるが、何も変化は無い。
まず、コピードール達は言葉が話せない。だから、俺から意思を伝えることは出来ても、コイツらの意思はわからない。上下左右に動きを伝える言葉を教えたら、簡単に理解をしたから、てんで言葉がわからないわけではないみたいだが・・・。
どうしたもんかな。)
「キュゥ・・・。」
「あぁ、すまん。飯を食べてなかったな。行こう。」
食事を済ませると、庄野は再び外へと赴く。
主にやっている事といえば、農作業の手伝い、家屋の壁の修理等々の人手不足となっている仕事の手伝いである。
庄野が何かしら作業をしている間、コピードール達は草刈りという名の食事を楽しんでいる。
そもそも、何故庄野がこんな事をやっているのかという話をすると、アルフに訓練を頼んだ際の事であった。
「魔法を使った戦い方を知りたいんです。一緒に訓練しませんか?」
「訓練?体動かすのかね?もう何年もしてないね。
そもそも、魔法があるのに体を鍛えてもしょうがないね。
あぁ、体動かしたのかね?それなら、畑仕事とかそういうの手伝って欲しいね。みんないい歳になってしまったからね。
庄野さん、若いんだから。頼むね。」
(・・・魔法で戦うからこの国では訓練が必要無いのか。身体的能力は戦力として評価されない。単純な魔力・・・生まれ持った能力でしか戦力が測れないと思っているなら、この世界の戦術的知識はかなり浅い可能性がある。とはいっても、魔物もいない平和な世の中みたいだから、戦うことはほぼ無いだろう。
・・・コピードールの餌をどうしようか考えていたが、1日2回草を食べてれば良いみたいだな。近くに川の水を勝手に飲んでるから、それも問題ない。幸い先人達の文化が残ってて、田畑がしっかりしているから、俺も一日三食米が食べられる環境にある。)
「・・・よし、終わりか。」
「庄野さん、今日はこれくらいで良いよ。ありがと。ほら、お駄賃あげる。」
「気持ちだけで結構です、お婆さん。もしよろしければコピードールの『複製』について教えてください。」
「若いのに謙虚なんだから・・・でもごめんなさいね。使い魔については分からないわ。」
「ありがとうございます。また困ったことがあれば呼んでください。」
「えぇ、こちらこそ。」
庄野は一度屋敷に戻り、服を着替えていた。
(作業するときは作業服を借りているが、やっぱり迷彩服のほうが落ち着くな。
・・・コピードールの運用が上手く出来てないのは指揮をしている俺の責任だ。もっと明確に指示をする文言があるのかもしれない。文献とか残ってないだろうか?
大きな図書館は城下町の方か。機会があれば・・・。)
着替えが終わり、外へと出た矢先、ガチャガチャと鎧の音をたてながらアルフが走ってきた。
「はぁっ、はぁっ。
し、庄野さん。来てもらえますかね。
あなたの力が必要でね。はぁっ。
ぶ、武器を持ってきて欲しいね。
全部ね。あなたが持ってきたやつね。」
「アルフさん、まずは落ち着いてください。深呼吸を。何となく武器が必要なのはわかりましたから、落ち着いて説明してください。」
アルフは庄野に深呼吸を促され、ゆっくりと呼吸を整える。
「はぁー。・・・すまんね。
今サリアン王が主催してる闘技会があってね、すっごい使い魔を従えてる異界人とかが出てるんだね。」
「なるほど。」
「でもね、今日は参加者少なくてね、観客があまり集まらなかったみたいでね。王が優勝賞品にサクラ姫との婚約を許すって言い出しちゃったのね。」
「そんな事が、許されるんですか?自分の娘を賞品にするって・・・。」
「今のサリアン王に慈悲なんて無いね。
しかも、事前登録してない人も参加して良いってなってね。飛び入り参加有りのめちゃくちゃになってるんだね。」
「酷い様ですね。・・・もしかして、それを止めろって話ですか?」
「そりゃそうだね。あんた、サクラ姫の騎士だよね?だったら、姫様を守る務めがあるね。」
「・・・わかりました。」
何があったかよく分かってないまま庄野は装備を準備した。
(どういう理論でそうなるのか、色々と問いただしたいが、時間がもったいない。それに、俺は今『騎士』としてここにいる。ならば、その地位に基づいた行動を取るべきだな。
これだけ急いで準備するのは久しぶりだ。非常呼集がかかったときに似ている。
89式、拳銃、弾倉、ナイフ、防弾チョッキ、鉄帽、皮手。
準備、よし。俺に出来ることはここでも日本でも同じだ。誰かの為に戦うこと。脅威から守ることだ。)
庄野はアルフと共にサリアンへと向かった。
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