6(どれだけ待ったところで、やみそうもない)

 梅雨の準備運動を思わせるような、朝からの雨だった。

 体に見えない何かがくっついているみたいで、すっきりしない。そうすると、ぼくをからかいにくるグループもやる気をなくすのか、比較的平和な一日だった。廊下ですれ違うときに、ちょっと鼻をつままれて手であおがれたくらいだった。

 放課後になると、ぼくはさっさと荷物をまとめて玄関に向かった。学校にいてもろくなことにならないのはわかっている。

 幸い、下駄箱には何の異常もなくて、ぼくはほっとして外履きにはきかえた。それから傘立ての傘を取ろうとして、あることに気づく。

 ぼくの傘が、どこにもなかった。

 赤い、よく目立つ傘だった。今朝、登校したときには間違いなくそこに置いたはずなのだ。名前だって、よく見えるところにきちんと書いてある。なくなるはずはなかった。

 散々あたりを探しまわったすえ、ぼくはようやくそれを見つけた。でも、もうどうしようもなかった。

 傘はごみ箱の中で、今はもう傘とは呼べない代物に変わっていた。金属の骨が乱暴に折られ、布地の部分はずたずたに引き裂かれている。柄のところにきちんと名前が書かれているから、それはぼくのものに間違いない。

 ぼくはその傘を見なかったことにして、玄関の外に出た。相変わらず、雨は降り続いていた。どれだけ待ったところで、やみそうもない。世界が終わるときまでは――

 仕方なく、ぼくは雨の中を歩きはじめた。服が濡れて、体に張りついてくる。水気を含んで、髪が重くたれた。靴下まで水びたしで、足を踏むたびにかぽかぽ音を立てる。

 まわりを、色とりどりの傘をさした帰宅生が歩いていた。ぼくはできるだけ顔を上げずに、いつものペースで歩いていった。バス停の近くまで来ると、雨を避けるために店の軒先の隅に立っている。

 ぽたぽたと、髪から滴が落ちた。

 やがてバスが来ると、ぼくは降りるまでずっと通路に立っていた。席はずいぶん空いていたけど、こんな格好で座るわけにはいかない。

 近くに座っていた同じ学校の生徒らしい二人組が、時々ぼくのことをうかがいながらひそひそと話をしていた。

「何であの人、濡れてるのかな?」

「さあ、傘でも忘れたんじゃないの」

 バスを降りるとき、運転手さんが少しだけ嫌な顔をした。たぶん、床をかなり濡らしてしまったからだろう。

 そうして家に帰ろうとして、ぼくはふと思いついて別の道に向かった。本当はまっすぐ行くところを左に曲がって、坂道をのぼっていく。住宅地はすぐに途切れて、まわりには空き地や工場ばかりが目立った。

 丘の上までやって来ると、見捨てられたような公園がある。鉄棒もブランコも、どこにも行き場がないから、今日もやっぱりそこにいた。

 ぼくはすっかりずぶ濡れになったまま、ブランコに座った。ブランコは迷惑そうに軋んだ音を立てる。足元には、茶色く濁った水たまりがあった。

 顔を上げても、雨と灰色の雲以外には何も見えなかった。何もかもが、重く冷たい雨の下で小さく縮んでいる。


 ――そこに、魔法はなかった。

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