4(それって、えほんみたいに?)
帰り道からは少し離れているのだけど、ぼくは時々、昔よく遊んでいた公園によってみることがある。
それは丘の上にある、何かの工場だか倉庫だかのすぐ近くにあって、いつ行ってもほとんど人はいない。住宅地からは距離があるし、坂道をずっとのぼっていかなくてはならないからだろう。
公園は小さくて、置いてあるのも鉄棒とブランコの二つきりだった。鉄棒はどちらかというと、何かの拷問器具みたいに見える。ブランコは、サーカスから見捨てられたピエロみたいにうらぶれていた。
だから人が来ることはめったになかったけれど、子供の頃のぼくはお母さんといっしょに、よくそこにやって来た。お母さんがぼくを連れて外に遊びに行くときは、大抵そこに行くことになった。
誰からも忘れられたような公園だったけど、丘の上にあるだけに眺めはよかった。遠くには緑の山なみが連なっていて、その下に家や道路、田んぼが広がっている。さえぎるもののない空を、雲が自由そうに悠々と流れていった。
ぼくはお母さんといっしょに一つのブランコに座って、そんな景色をよく眺めていた。ブランコは時計の振り子みたいにゆっくりと揺れた。時間はそれに従って動いていた。
お母さんがある秘密を教えてくれたのは、そんな時のことだ。
「実はね、君は魔法が使えるんだよ」
「まほう?」
ぼくはびっくりした、のだと思う。自分では全然そんなことには気づかなかったから。
「そう、魔法――」
お母さんはぼくを膝の上に乗せたまま、にこやかに言う。
「それって、えほんみたいに?」
ぼくは乏しい知識を活用して訊ねた。
「うん、だからね、君はどんなことだって好きなようにできちゃうんだよ」
「すきなように、って?」
「例えばね、空をびゅうって飛んだり、夜空に星を輝かせたり、夕陽を使ってあたりを赤く染めたり――」
お母さんはそう言って、ぐいっと勢いをつけてブランコをひとこぎした。幼いぼくはきゃっきゃと笑った。
「――そんなこと。魔法を使うと、世界はずっと素敵なところになるんだよ」
「うん、わかった」
勢いよく揺れるブランコの上で、ぼくはそれ以上に心を揺らしながら言った。
「ぼくはまほうがつかえるんだ」
その時、お母さんがどんな顔をしていたのかは知らない。ぼくはずっと、魔法をかけられたみたいに揺れる、遠くの景色を眺めていたから。
――公園の入口に自転車を置いて、ぼくはブランコに座った。子供の頃は地面に足もつかなかったけど、今は膝を曲げないと座ることもできやしない。
足に力を入れると、ブランコがぎしぎし鳴った。くたびれて、放っておいてくれよ、と言ってるようにも聞こえる。ぼくは足をつけたまま、労わるようにそっとブランコを揺らした。
しばらくすると、山際に赤い夕陽が沈んでいくのが見えた。あたりは魔法にでもかかったみたいに赤く染まった。田んぼも、用水路も、ガードレールも、家も、道行く人も、その笑顔も。
でも、実はそうやって世界を赤くしているのは、ぼくの魔法なのだ。ぼくがそうやって、世界に魔法をかけた。
誰も、そんなことは知らないけれど――
ぼくがブランコを大きくひとこぎすると、世界は魔法にかかって大きく揺れた。
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